森のひとコマ|トッケー便

(※本記事は、鑑定評価の実務とは一切関係ありません。)
夜のしずくが葉をつたう、静かな時間。
モーリーとニャッタは、森の会議室で遅くまで原稿の見直しをしていた。
「……あれ? この手紙、いつ来たんですか?」
ニャッタがふと気づいて指さしたのは、机の端に置かれた、淡い月色の封筒。
それは、モーリー宛の書類らしく、静かに封がされたまま置かれている。
ついさっきまで、そこにはなかった気がする。
「まさか、また風で?」
「いや……ホーホー、これは“トッケー便”だね。」
「……トッケー、さん?」
ニャッタが目をしぱしぱさせていると、
部屋の隅の低い棚のうえで、何かがぴくりと動いた。
「こんばんは」
少しひんやりした声とともに、小さな影が立ち上がった。
薄青い体に、つやのある尾。
肩には、ちょっと大きめのショルダーバッグ。
「わっ……! 本当にいたんですね、トッケーさん!」
「ええ。たまには、直接お届けに。」
トッケーさんは、目を細めると、くるりとしっぽを回してバッグを整えた。
「でも、気づかれたのは久しぶりです。今日のニャッタさんは、冴えてますね。」
「えっ、あ、はい……えへへ。」
モーリーはくすりと笑って、湯気のたつカップに目を落とした。
「しっぽで扉を閉めるのが上手なのは、相変わらずだね。」
「音を立てると、葉っぱが起きてしまいますから。」
そう言って、トッケーさんはいつの間にか部屋の端に立っていた。
トッケーさんは──さらに、もう一枚の小さな紙をニャッタに差し出した。
「これは、あなた宛てです。」
「ぼ、ぼくに……?」
ニャッタが封を開けると、そこには
「はじまりの音は、いつも小さな気配から。」
とだけ、筆記体で書かれていた。
「……あの、トッケーさん、これは──」
けれどそのときには、もうそこに姿はなかった。
静かに揺れる扉の隙間と、ほんの少しだけ残された、しっぽの跡だけが
トッケー便の通り道を示していた。
