実務の森|どうして家を売ったのに、そのまま住めるの? ── リースバックの仕組みと、所有の話
🐈ニャッタ:家を売ったのに、そのまま住めるって、不思議じゃない?
不動産会社の広告やホームページで、こんな言葉を見かけることがあります。
「売っても住み続けられます」「まとまった現金を手にしながら、引っ越さなくていい」。
家を売れば、ふつうは出ていくもの──そう思っていると、これは少し不思議に聞こえます。
この仕組みは「リースバック」と呼ばれています。国土交通省は、リースバックを「住宅を売却して現金を得て、売却後は毎月賃料を支払うことで、住んでいた住宅に引き続き住むサービス」と定義しています。
ただし今、この取引をめぐっては、売却価格や契約の条件を十分に理解しないまま契約してしまい、あとから住み続けられなくなったり、「思っていた内容と違った」と感じたりする相談が増えています。
あまりにトラブルが多いため、国も対応に動き始めています。具体的には、賃料や契約期間、更新の有無、解約の条件といった重要な事項を、不動産業者が故意に告げないことを、宅地建物取引業法上の禁止対象としてガイドラインで明確化する方向で検討が進んでいます。
だからこの記事は、リースバックを勧めるためのものではありません。何が起きているのかを、ゆっくり見えるようにして、「立ち止まって考えるための材料」をそろえることが目的です。
🦉モーリー:からくりはね、そんなに難しくないんだ。『家を売る契約』と『家を借りる契約』を、同じ家で組み合わせている。それだけなんだよ。
🐈ニャッタ:売る契約と、借りる契約……二つあるの?
🦉モーリー:そう。だからこそ、見落としやすいところも二つあるんだ。今日はその二つを、順番にたどっていこう。
1.リースバックって、どういう仕組み?
リースバックは、ひとつの取引のように見えて、実は性質の違う二つの契約が重なっています。
・自宅を、買主(多くは不動産会社など)に売る ── 売買契約
・売ったあと、その家を借りて住み続ける ── 賃貸借契約
売買契約で家の所有権は買主に移り、売主はまとまった売却代金を受け取ります。そのうえで賃貸借契約を結び、毎月家賃を払って、同じ家にそのまま住む。「売った人」が「借りて住む人」になる、という入れ替わりが起きているわけです。なお、住宅ローンが残っている場合は、売却代金からローンの残債を返して抵当権を外す必要があり、手数料や税金もかかります。受け取った代金の全額を、そのまま自由に使えるとは限りません。
🦉モーリー:引っ越さないから、外から見ると暮らしは何も変わっていないように見える。でも紙の上では、持ち主が替わって、住んでいる人は『借りている人』になっているんだ。
🐈ニャッタ:見た目は同じでも、立場が変わってるんだね。
2.変わるもの、変わらないもの
リースバックで何が動いて、何が動かないのか。いったん整理してみます。
変わるもの
・所有権 ── 自分のものから、買主のものへ
・毎月の支払い ── 住宅ローンの返済から、家賃へ(ローンが残っていた場合)
・立場 ── 「所有者」から「借りて住む人(賃借人)」へ
変わらないように見えるもの
・住む場所 ── そのときは、引っ越さずに同じ家に住める
・日々の暮らし ── 近所付き合いや通勤・通学の経路は、ほとんどそのまま
注意したいのは、「変わらないように見えるもの」も、ずっと保証されているわけではない、という点です。住み続けられること自体は、所有しているからではなく、賃貸借契約があるから。所有という土台を手放して、住む場所を「契約しだい」の状態に置き換えている、と言い換えられます。契約の中身しだいで、住み続けられる前提が崩れることがあります。
3.なぜ売却価格は相場より低くなりやすいのか
リースバックでは、売却価格が周辺の相場より低めになりやすい、と言われることがあります。これは、買う側の立場に立つと見えてきます。
🦉モーリー:買った人から見ると、その家はすぐ自由に使えるわけじゃないんだ。元の持ち主が、借りて住み続けているからね。
買主にとって、この家は「人が住んでいる状態」で持つことになります。すると、こんな事情が価格に映り込みます。
・自分で使ったり、すぐ別の人に貸したりはできない
・いつ空くのか、はっきりとは読みにくい
・住んでいる人がいる物件は、次に売るときも買い手が限られやすい
・貸主として、建物の管理や対応の負担も担うことになる
こうした制約があるぶん、買主は価格を抑える方向に考えやすくなります。高齢であったり、急いで資金が必要だったりする状況の中で、相場よりかなり低い価格で売却してしまう事例も指摘されています。
「現金がすぐ手に入る」という点に目が向き、本来の価値より低く手放してしまう可能性がある、という点は見落とせません。
🐈ニャッタ:すぐ現金になるのはありがたいけど、その分、安く手放しているかもしれないんだね。
🦉モーリー:そう。『いくら手に入るか』だけじゃなく、『その家が本来いくらか』も、並べて見たほうがいいんだ。
4.手放すのは、家ではなく「所有」
リースバックを理解するうえで、いちばんの土台になる見方があります。それは、「持っていること」「使っていること」「借りていること」は、それぞれ別のものだ、ということです。
・所有している ── その家が、法律上「自分のもの」である状態
・使っている ── 実際にそこで暮らし、空間を使っている状態
・借りている ── 持ち主は別にいて、契約で住む権利を得ている状態
ふだん自宅に住んでいるときは、この三つが一人にぴったり重なっています。だから区別を意識しません。リースバックは、この重なりをほどいて、「所有」を手放し、「住む権利」だけを契約で借り直す取引です。「所有」を手放して、「契約によって借りて住む権利」を持つ状態へ移る取引、とも言えます。
5.似ているようで違う ── 不動産担保ローン・リバースモーゲージとの違い
「家を使ってお金をつくる」という点だけ見ると、リースバックは不動産担保ローンやリバースモーゲージと似て見えます。でも、いちばんの根っこが違います。リースバックは家を「売る」仕組み、あとの二つは家を担保に「借りる」仕組みです。
不動産担保ローン
自宅などの不動産を担保に入れて、金融機関などからお金を借りる仕組みです。所有権は自分のまま。借りたお金は、元金と利息を毎月返していきます。返済が続けられなくなると、担保に入れた不動産が処分される可能性があります。
リバースモーゲージ
おもに高齢者向けに、自宅を担保にお金を借りる仕組みです。所有権は自分のまま住み続け、毎月利息を払い、元本は契約者が亡くなったあとなどに自宅を売却して一括返済する、という形が一般的です。利用には年齢の条件があったり、対象となる地域や物件が限られたり、資金の使いみちに制限があったりすることが多く、金利の変動や、担保価値が下がる「担保割れ」にも注意が必要、とされています。
三つを並べてみる
| リースバック | リバースモーゲージ | 不動産担保ローン | |
| 取引の性質 | 売買+賃貸借(住みながら売る) | 融資(借りる) | 融資(借りる) |
| 所有権 | 買主に移る | 自分のまま(担保に入れる) | 自分のまま(担保に入れる) |
| 受け取り方 | 売却代金を一括で受け取る | 枠内で借入。多くは契約者の死亡後に売却して一括返済 | 借入。毎月返済していく |
| 住み続け方 | 家賃を払って借りて住む | そのまま自分の家として住む | そのまま自分の家として住む |
| 毎月の支払い | 家賃 | 利息(元本は将来一括が一般的) | 元金+利息の返済 |
| 主な留意点 | 賃貸借の種類・家賃改定・再購入条件 | 対象エリア・年齢・担保割れ・金利変動 | 返済できないと担保処分の可能性 |
※上の表は一般的な特徴を整理したものです。実際の条件は、商品や会社、契約ごとに異なります。
🦉モーリー:いちばんの分かれ道はね、『所有権を手放すかどうか』なんだ。リースバックは手放して、借りて住む。不動産担保ローンとリバースモーゲージは、手放さずに担保に入れて借りる。
🐈ニャッタ:『売る』のか『借りる』のか。そこがそもそも違うんだね。
🦉モーリー:そう。一度手放した所有権は、簡単には戻ってこない。だから他の方法と比べる前に、本当に売る必要があるのかを、まず考えたいんだ。
🐈ニャッタ:でもさ、リースバックって最近になって急に聞くようになった気がするよ。
🦉モーリー:そう感じる人は多いと思うよ。もともとは企業の資金調達で使われていた仕組みなんだけど、住宅向けに広がったのは比較的新しいんだ。
🦉モーリー:背景には高齢化もある。持ち家で暮らしてきた人が年を重ねて、「住み慣れた家は離れたくない。でもまとまったお金は必要」という場面が増えてきたからね。
🐈ニャッタ:家を売る人が増えたというより、そういう悩みを持つ人が増えたんだ。
🦉モーリー:うん。そして利用が広がるにつれて、契約をめぐるトラブルも目立つようになってきた。
6.いま、トラブルが増えている ── そして国が告知のルールを明確にしようとしている
リースバックは、契約の中身や将来の収支を十分に理解しないまま進めて、「思っていたのと違った」となる相談が、近年増えています。国民生活センターによると、相談者の多くが高齢の方で、強く勧められて断りにくかった、長時間の勧誘の末に契約してしまった、といった事例も報告されています。
| 国の動き(2026年)国土交通省は、リースバックの契約時に、不動産業者が重要な情報を故意に伝えないことを、宅地建物取引業法上の禁止対象として明確化する方向で検討しています。賃貸借契約を結ぶ前に、「解約の条件」「家賃」「更新できるかどうか」などの告知を求めるガイドライン(指針)について、報道によれば2026年夏ごろまでの策定を目指しているとされています(2026年6月時点では検討段階です)。背景には、売却価格や賃貸借契約の条件を十分に理解しないまま契約し、あとから「思っていた内容と違った」と感じるトラブルの増加があります。 |
言いかえれば、これまでは「大事なことが十分に伝えられないまま契約してしまう」ことが起こり得た、ということです。いまは、こうした業者の説明のあり方について、守るべきルールの線引きがより具体的に示されようとしている過渡期にあります。だからこそ、今の時点でリースバックを考えるなら、すすめられるままに契約せず、いっそう慎重になる必要があります。
🐈ニャッタ:国がわざわざルールを作るって、それだけトラブルが多いってことだよね。
🦉モーリー:そういうことなんだ。ルールの線引きがはっきりしていく途中の今は、自分で自分を守る意識が、とくに大事になるよ。
7.契約の前に、立ち止まって確かめたいこと
もしリースバックを持ちかけられたら、その場で決めず、次のような点を一つずつ確かめたいところです。どれか一つでも曖昧なまま進めるのは、おすすめできません。
7-1.「ずっと住める」とは限らない ── 賃貸借の種類
住み続けられるかどうかは、結んだ賃貸借契約の種類で変わります。賃貸借には、更新しながら住み続けやすい「普通借家」と、あらかじめ期間が決まっていて原則として更新のない「定期借家」があります。定期借家だと、期間が満了すると住み続けられなくなることがあります。一方の普通借家は、貸主が更新を断るには正当な理由が必要とされるなど、続けやすい仕組みです。ただし普通借家でも、家賃の滞納や契約違反があれば契約が終わることはあり、「ずっと住める」と決まっているわけではありません。「そのまま住めます」と言われても、それが「いつまで」「どんな条件で」なのかを、契約書で確かめる必要があります。
7-2.家賃を、払い続けられるか
売却後は毎月家賃がかかります。受け取った現金を取り崩しながら家賃を払い続けると、収支が合わなくなり、いずれ住み続けられなくなる心配があります。契約によっては、途中で家賃が見直されることもあります。また、設備が壊れたときの修理費や、退去するときの原状回復費を誰が負担するのかも、契約によって違います。家賃以外にかかるお金まで含めて、出ていくお金が将来どうなるかを、合わせて見ておく必要があります。
7-3.買い戻したいとき、本当に買い戻せるか
「将来、買い戻せます」と説明されることがあります。ただ、買い戻しの条件や価格があらかじめどう決まっているのか、そのとき自分に資金を用意できるのかは、別の問題です。買い戻せる前提で計画を立てるのは、危うさがあります。
7-4.クーリング・オフは、原則として使えない
いったん契約してしまうと、引き返すのは簡単ではありません。不動産業者に自宅を売る場合、契約後に無条件で解約できる「クーリング・オフ」は、原則として使えないとされています(事実と違う説明があったときなどに、消費者契約法で取り消せる場合はあります)。「あとで考え直せばいい」とは思わず、署名の前にこそ時間をかけることが大切です。
7-5.家賃の累計と、家族に残るものを考える
毎月の家賃は小さく見えても、積み重なると大きな金額になります。「売却代金 ÷ 月額家賃」を計算すると、受け取ったお金が何年分の家賃にあたるのかが見えてきます。5年・10年と続けたときの合計も、一度出しておきたいところです。また、いったん売れば、その家そのものを相続させることはできなくなります。残せるもの・残らないものを、家族とも確かめておきたいところです。
7-6.急いで決めないこと
大きな決断ほど、その場で結論を出さない。家族や信頼できる第三者と話したり、自分でも公的機関や信頼できる情報源にあたってみる。その場で署名を求められても応じない。当たり前のようでいて、これがいちばん自分を守ります。
7-7.そもそも、売る以外の方法はないか
当面の資金が必要なだけなら、所有権を手放さない他の方法で対応できる場合もあります。
リースバックは「所有権を手放す」取引です。手放してからでは戻しにくいぶん、ほかの選択肢を先に検討しておきたいところです。
🦉モーリー:大事なのは、急がないことなんだ。分からないところが残るなら、そのまま進まない。それだけでも、見える景色はずいぶん変わるからね。
8.モーリーのまとめ
家を売ったのにそのまま住めるのは、「売る契約」と「借りる契約」を、同じ家で組み合わせているからです。所有権は買主に移り、住む人は、家賃を払って借りる立場に変わります。リースバックは、「所有」を手放し、「住む権利」だけを契約で設定する取引です。
売却価格が相場より低めになりやすいのは、人が住んでいる家は、すぐには使えず、すぐには売りにくい買主の事情が、価格に映り込むからです。
そして今、この取引ではトラブルが増え、国が告知のルールをより具体的に示そうとしている過渡期にあります。住み続けられる期間、家賃、更新や買い戻しの条件──どれも、説明されるまま受け取るのではなく、契約書で一つずつ確かめる必要があります。曖昧なところが一つでも残るなら、契約を急がず、見送る判断も含めて立ち止まることをおすすめします。
🦉モーリー:『住める』という言葉は、遠くから見るとあたたかそうに見える。でも、その灯りが『いつまで』『どんな約束で』ともっているのかを確かめないまま入ると、足元のぬかるみに気づけないんだ。
🐈ニャッタ:灯りだけを見て進まない。約束の中身を、ちゃんと読むんだね。
🦉モーリー:うん。不動産を見るというのは、家そのものだけじゃなく、そこに乗っている権利と約束を、ていねいに読むことなんだよ。急がなくていい。わからないまま手放さないことが、いちばんの守りなんだ。🌙
参考にした原典
国土交通省「住宅のリースバックに関するガイドブック」を公表しました(令和4年6月24日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/house02_hh_000174.html
独立行政法人国民生活センター「強引に勧められる住宅のリースバック契約にご注意!──本当に『そのまま“ずっと”住み続けられる』契約ですか?──」(令和7年5月21日)
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20250521_1.html
日本経済新聞「住宅リースバック、解約や更新可否の告知必須に 国交省が指針明記へ」(2026年)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA258I80V20C26A5000000
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