公的価格を読む
― それぞれの価格は、何のためにあるのか ―
序 夜の森から
夜の森の図書館に、「制度を読むための棚」がある。
今晩開くのは、不動産の公的価格についての棚だ。
一つの土地に、いくつもの値段がついている。
公示価格、地価調査価格、相続税路線価、固定資産税評価額、固定資産税路線価。
似ているようで、それぞれ少しずつちがう。
この本では、それらをひとつずつ、ゆっくりと整理していく。
覚えるためではなく、それぞれが何のためにあるのか、その輪郭を読み取るために。
第一章 価格はひとつのはずなのに
1-1 出発点としての「不動産の価格」
不動産の価格を考えるときの出発点には、合理的な市場条件のもとで、通常の市場参加者どうしの取引によって成立すると考えられる価格がある。鑑定評価の世界では、これを正常価格と呼んでいる。
不動産そのものの価値はひとつのはずだ。それなのに、社会の中では同じ土地にいくつもの価格が並んでいる。不思議に見えるかもしれない。
けれども、よく見ていくと、価格がいくつもあるというより、目的によって価格が使い分けられている、というほうが正確だ。
1-2 一物五価、あるいは一物四価
同じ不動産に、目的の異なる複数の価格が存在することを、一般に「一物五価」または「一物四価」と呼ぶ。整理しておくと、次のようになる。
| 価格 | 主な目的 |
| ① 実勢価格 | 市場での実際の売買 |
| ② 地価公示価格 | 一般の土地取引の指標 |
| ③ 都道府県地価調査価格 | 地価公示の補完/取引規制の規準 |
| ④ 相続税評価額(相続税路線価ほか) | 相続税・贈与税の課税 |
| ⑤ 固定資産税評価額 | 固定資産税・都市計画税ほか |
②の地価公示と③の地価調査をひとくくりにすれば四価になり、分けて数えれば五価になる。呼び方そのものよりも、それぞれの価格が何のために存在しているか、そちらを掴んでおきたい。
1-3 評価コストという視点
ここで一度、立ち止まって考えておきたいのは、なぜ、目的ごとに別々の価格が用意されているのか、という点だ。
理屈の上では、課税や取引のたびに、その時点の正確な時価を一件ずつ求めていけばよい。けれども、それを社会全体で行えば、調査と分析のコストが膨大になる。全国に無数にある土地について、毎年あるいは数年ごとに、一筆ずつ正確な鑑定評価を行うことは、現実的ではない。
そこで実務の世界では、目的に応じた「参照軸」が組み立てられてきた。標準的な地点の価格を公表し、あるいは道路ごとに単価を設定して面積を掛け合わせる。そうすることで、評価のコストを抑えながら、一定の均衡を保とうとしている。
公的価格は、市場価格そのものではない。それぞれの目的のもとで設計された、価格水準を把握するための参照軸である。この視点は、本書全体を通じて、繰り返し戻ってくる場所になる。
第二章 取引の指標としての価格 ― 地価公示と地価調査
2-1 地価公示価格
地価公示価格は、国が毎年公表する、標準的な土地の価格である。正式には、地価公示法に基づいて、国土交通省の土地鑑定委員会が公表する。
その目的は、地価公示法第1条が述べるように、「一般の土地取引の指標を与え、適正な地価の形成に寄与する」ことにある。
おおまかな仕組みは、こうだ。公示区域内に標準地と呼ばれる地点が選ばれ、各標準地について、二人以上の不動産鑑定士による鑑定評価を基礎として、価格が決定される。価格時点は毎年1月1日、公表は毎年3月下旬。全国でおよそ二万六千地点ある。
ここで覚えておきたいのは、地価公示価格は「鑑定評価額そのもの」ではなく、複数の鑑定評価を基礎として土地鑑定委員会が判定した価格だ、という点である。個別の鑑定評価とは、性格が少しちがう。
確認は、国土交通省の「不動産情報ライブラリ」で行える。
2-2 都道府県地価調査価格
都道府県地価調査価格は、国土利用計画法施行令に基づいて、都道府県知事が公表する価格である。こちらは標準地ではなく、基準地と呼ばれる地点について公表される。
目的は、国土利用計画法による土地取引の規制を、適正かつ円滑に実施するための規準を示すこと。そして実務的には、地価公示の半年後の地価動向を補完する役割を担う。
価格時点は毎年7月1日、公表は毎年9月中旬。過疎地を含めて、地価公示よりも広いエリアをカバーするように設計されている。
確認は、こちらも国土交通省の「不動産情報ライブラリ」で行える。
2-3 半年ずれて並ぶ二つの価格
地価公示と地価調査は、よく似ている。鑑定評価を基礎にしている点も、価格水準の参照軸である点も同じだ。けれども、価格時点が1月1日と7月1日でちょうど半年ずれている。これがとても効いている。
たとえば、ある年の地価公示と、同じ年の地価調査を見比べると、半年間の地価動向が読み取れる。逆に、年初の地価公示と前年の地価調査を比べれば、やはり半年間の動きが読み取れる。
二つを並べることで、年間のトレンドが立ち上がってくる。地価公示が「主」で、地価調査が「補完」と整理されることが多いが、実務の感覚としては、半年ずつ交代に光を当てる二つの軸、と捉えておくとよい。
第三章 課税のための価格 ― 簡便的評価方式の世界
3-1 相続税路線価
相続税法第22条は、相続・遺贈・贈与により取得した財産の価額は、取得の時における「時価」による、と定めている。
土地についても、原則は時価である。けれども、すべての土地について、相続のたびに正確な時価を求めていたら、納税者にも課税庁にも負担が大きい。
そこで国税庁は、評価の実務を定めた「財産評価基本通達」を公表している。土地の評価は、原則として次の二つの方式によって行う。
- 路線価方式:路線(道路)に面する標準的な宅地の1㎡あたりの価格(路線価)に、地積を乗じて評価額を求める方式。市街地的形態を形成する地域に用いる。
- 倍率方式:固定資産税評価額に、一定の倍率を乗じて評価額を求める方式。路線価が定められていない地域に用いる。
このうち、路線価方式で用いられる路線価が、いわゆる相続税路線価である。道路ごとに価格をつけ、土地の面積と一定の補正をかければ、評価額が得られる。これは、評価コストを下げるために組み立てられた、簡便的な評価方式である。
相続税路線価は、国税庁が公表する。価格時点は毎年1月1日、公表は毎年7月初旬。水準は、地価公示価格の概ね8割。確認は、国税庁の「財産評価基準書 路線価図」で行える。
ここで気をつけたいのは、相続税路線価そのものが法律で定められた評価額ではない、という点である。法律が定めるのは「時価」であり、相続税路線価は、その時価を求めるための手段として、通達に基づいて運用されている。言い換えれば、相続税路線価は、通達に支えられた簡便的評価方式の一部である。
3-2 固定資産税評価額
固定資産税評価額は、市町村(東京23区は東京都)が決定する価格である。法的な位置づけは、地方税法に置かれている。
地方税法第341条第5号は、固定資産税の「価格」を「適正な時価」と定義する。そのうえで、市町村長は、総務大臣が定めた「固定資産評価基準」によって価格を決定する、という建付けになっている。
評価替えは原則として3年に1度。価格時点は基準年度の1月1日、公表は基準年度の4月頃。基準年度を「第二年度」「第三年度」が引き継ぐかたちで、原則として三年間は同じ価格が据え置かれる。
水準は、地価公示価格の概ね7割。これは平成6年度評価替えで導入された、いわゆる「7割評価」の運用に由来する。
確認は、所有者であれば毎年の課税明細書、あるいは市町村が交付する固定資産評価証明書で行える。
3-3 固定資産税路線価
固定資産税路線価は、固定資産評価基準のなかで、路線(道路)ごとの標準的な宅地の1㎡あたりの価格として定められる路線価である。
性格としては、相続税路線価と似ている。道路ごとに価格を置き、地積と補正を組み合わせて評価額を導く、簡便的な評価方式である。
ただし、決定するのは市町村(東京23区は東京都)であり、価格時点は基準年度の1月1日、評価替えは3年に1度。水準は、地価公示価格の概ね7割。
固定資産税評価額と固定資産税路線価の関係は、路線価が、評価額を求めるための計算素材である、と整理するのがいちばん見通しがよい。固定資産税評価額が成果物であり、固定資産税路線価はそこに至る部材、と考えてよい。
確認は、各市町村の窓口、あるいは公式サイトで行える。市町村によっては、地番ごとの評価額そのものは課税明細書でしか確認できない一方、路線価については一般公開しているところが多い。
3-4 固定資産税評価額が他の課税にも使われる理由
固定資産税評価額は、その名のとおり、本来は固定資産税の課税の基礎として設計された価格である。けれども実務上は、これにとどまらず、いくつもの場面で使われている。
- 固定資産税(地方税)
- 都市計画税(地方税)
- 不動産取得税(地方税)
- 登録免許税(国税)
国税と地方税にまたがって登場しているのが、少し意外に感じられるかもしれない。ここは整理しておきたい。
固定資産税評価額が広く使われているのは、それが「地方税のための価格」だからではなく、課税の実務にあたって、共通に利用できる基準価格が必要だったからである。固定資産課税台帳には、市町村が決定した価格が登録されている。他の課税場面でも、その台帳価格を借りてくれば、それぞれの税ごとに別の評価を行う必要がなくなる。
国税である登録免許税が固定資産税評価額を使う理由も、ここにある。国税か地方税かで分かれているのではなく、「課税の便宜上、どの価格を借りてくるか」で決まっている、というのがこの辺りを読むときの目線になる。
第四章 公的価格どうしの均衡関係
公的価格は、ばらばらに設計されているわけではない。それぞれが別の目的を持ちながらも、水準としては一定の均衡が保たれるように運用されている。
実務でよく使われる目安として、次のような表現がある。
地価公示価格を100としたとき、相続税路線価は概ね80、固定資産税評価額は概ね70。
本書でもこの目安を使う。ただし、これは制度上の確定値ではなく、あくまで運用の目標水準として位置づけられた数字である、という点には注意しておきたい。
相続税路線価の8割水準は、地価変動の余地を見込んだ目安として、平成4年以降、国税庁の運用方針として定着している。
固定資産税評価額の7割水準は、平成6年度評価替えの際に、固定資産評価基準の運用上、全国的な均衡を確保するために導入されたものである。
評価替えのタイミングや、地域・路線ごとの個別事情によって、実際の水準が目安どおりにならない場面もある。水準の目安として頭に入れたうえで、対象地の実際の評価額を確認するのが現場の感覚に近い。
第五章 鑑定評価との接続
5-1 「公示価格を規準とする」とは
不動産鑑定評価と公示価格の関係について、よく引かれるのが地価公示法第8条である。
不動産鑑定士は、公示区域内の土地について鑑定評価を行う場合において、当該土地の正常な価格を求めるときは、公示価格を規準としなければならない。
ここで言う「公示価格を規準とする」とは、地価公示法第11条が定めるように、対象土地と、これに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との間で、位置、地積、環境等の客観的価値に作用する諸要因について比較を行い、その結果に基づいて、標準地の公示価格と対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいう。
公示価格にそのまま合わせる、ということではない。標準地との比較を通じて、両者の間に均衡を保つように価格を構成する、ということだ。「規準」という字も、「基準」ではなく「規準」が使われている。ここはやや細かい話だが、両者は法令上、意識的に書き分けられている用語である。
5-2 公示価格との均衡に留意する
鑑定評価基準は、公示区域内の土地について鑑定評価を行うにあたっては、公示価格との均衡に十分留意することを求めている。
ここで言う「均衡に留意する」も、公示価格に合わせることを意味しない。個別の鑑定評価は、対象不動産の個別性に基づいて行われるべきものであり、公示価格は、その評価額が水準として大きく外れていないかを確かめるための手がかりになる。
言い換えれば、公示価格は答えを与えるものではなく、答えの妥当性を点検するための参照軸である。
5-3 路線価・固定資産税路線価の参考的活用
実務では、公示価格や地価調査価格に加えて、相続税路線価や固定資産税路線価が参考情報として扱われる場面もある。
たとえば、公示価格や地価調査価格の地点が近くにないエリア、取引事例の蓄積が薄いエリア、地方の郊外などである。このような場面では、路線価図や固定資産税路線価図から、路線ごとの水準を読み取り、価格水準の手がかりとして活用する。
ただし、注意しておきたい点が二つある。
ひとつ目は、価格時点のずれである。相続税路線価と固定資産税路線価は、いずれも1月1日が基準だが、固定資産税は基準年度から3年間、原則として同じ価格が据え置かれる。鑑定評価の価格時点との関係で、時点修正を考慮する必要がある。
ふたつ目は、水準のずれである。路線価は公示価格の概ね8割、固定資産税評価額は概ね7割という目安がある以上、路線価をそのまま価格水準として読むことはできない。公示価格の水準に戻すための割り戻しが、考え方として必要になる。
これらに気をつけたうえで、路線価や固定資産税路線価は、公示価格と並ぶ参照軸として、エリアや資料の状況に応じて使い分けられている。
公的価格の一覧
本書で扱った公的価格を、一覧にして並べておく。
| 制度 | 発表主体 | 価格時点 | 公表時期 | 水準の目安 |
| 地価公示価格 | 国土交通省 土地鑑定委員会 | 毎年1月1日 | 毎年3月下旬 | 100 |
| 都道府県地価調査価格 | 都道府県知事 | 毎年7月1日 | 毎年9月中旬 | 100 |
| 相続税路線価 | 国税庁 | 毎年1月1日 | 毎年7月初旬 | 概ね80 |
| 固定資産税評価額 | 市町村(23区は東京都) | 基準年度の1月1日 | 3年に1度、4月頃 | 概ね70 |
| 固定資産税路線価 | 市町村(23区は東京都) | 基準年度の1月1日 | 3年に1度 | 概ね70 |
| 制度 | 法律根拠 / 主な目的 |
| 地価公示価格 | 地価公示法 / 一般の土地取引の指標を与え、適正な地価の形成に寄与する |
| 都道府県地価調査価格 | 国土利用計画法施行令第9条 / 取引規制の規準、地価公示の補完 |
| 相続税路線価 | 相続税法第22条/財産評価基本通達 / 相続税・贈与税の課税評価 |
| 固定資産税評価額 | 地方税法第341条ほか/固定資産評価基準 / 固定資産税・都市計画税・不動産取得税・登録免許税等の課税 |
| 固定資産税路線価 | 固定資産評価基準 / 固定資産税評価額算出のための路線ごとの基準価格 |
水準の目安は、地価公示価格を100とした場合の、おおまかな運用上の目標水準である。個別の地点や評価替えのタイミングによっては、必ずしもこのとおりにならない。
補遺 一年のうちで公的価格がどう並ぶか
一年のなかでの公的価格の流れを、暦の上で並べておく。
- 1月1日 地価公示・地価調査(基準地)・相続税路線価・固定資産税評価額(基準年度)の価格時点。
- 3月下旬 地価公示価格の公表。
- 4月頃 基準年度における固定資産税評価額の公表(3年に1度)。
- 7月1日 地価調査価格の価格時点。
- 7月初旬 相続税路線価の公表。
- 9月中旬 地価調査価格の公表。
これを眺めていると、一年のなかで価格水準を読むための材料が、少しずつ、けれども絶え間なく更新されているのが分かる。鑑定評価における「価格時点」と、これらの公表時期との関係は、案件のたびに確認する習慣を持っておきたい。
結びに代えて
この本では、公的価格を、「答えを与える価格」ではなく、「答えの妥当性を確かめるための参照軸」として読んできた。
価格がいくつもあるのは、不動産が分かりにくいからではない。目的によって、ふさわしい価格の作り方がちがうからだ。取引の指標として作られた価格と、課税のために作られた価格を、同じものさしで測ることはできない。それぞれの目的の輪郭を読み取ることが、公的価格を扱う出発点になる。
鑑定評価は、公示価格との均衡に留意しながら、個別の不動産の価格を、その個別性に基づいて求めていく作業である。公的価格は、個別の不動産を評価していく作業のなかで、価格水準を見失わないための参照軸として使われている。
夜の森の図書館の棚は、ここで一度閉じる。次に開くときには、また別の制度の輪郭を、ゆっくりと読んでいきたい。
レコル
参考一次資料
本書の整理にあたって参照した一次資料は、以下のとおりである。条文や基準の本文に当たる際は、最新の改正状況を確認のうえ用いていただきたい。
一 法律
─ 地価公示法(昭和四十四年法律第四十九号)
─ 国土利用計画法(昭和四十九年法律第九十二号)
─ 国土利用計画法施行令(昭和四十九年政令第三百八十七号)
─ 相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)
─ 地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)
─ 登録免許税法(昭和四十二年法律第三十五号)
二 基準・告示・通達
─ 不動産鑑定評価基準(平成十四年七月三日全部改正、平成十九年四月二日一部改正、平成二十一年八月二十八日一部改正、平成二十六年五月一日一部改正/国土交通省)
─ 不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(平成十四年七月三日全部改正、最終改正 平成二十一年八月二十八日/国土交通省)
─ 固定資産評価基準(昭和三十八年十二月二十五日自治省告示第百五十八号、地方税法第三百八十八条第一項に基づく総務大臣告示)
─ 財産評価基本通達(昭和三十九年四月二十五日付直資五六・直審(資)一七 国税庁長官通達/旧題「相続税財産評価に関する基本通達」、平成三年十二月十八日付課評二-四により改題)
三 公表資料
─ 不動産情報ライブラリ(国土交通省)
─ 財産評価基準書 路線価図・評価倍率表(国税庁)
なお、地価公示価格を一〇〇とした場合に相続税路線価はおおむね八割、固定資産税評価額はおおむね七割という水準の目安は、相続税路線価については平成四年以降の国税庁の運用方針、固定資産税評価額については平成六年度評価替えにおける固定資産評価基準の運用方針として、それぞれ位置づけられているものである。