実務の森

実務の森|同じ家なのに、どうして値段が変わるの?── 売り手の事情が価格に映るとき

モーリー

🐈ニャッタ:同じ家なのに、値段が変わることってあるの?

不動産を見ていると、似たような物件なのに、売り出し価格がずいぶん違うことがあります。

広さも、築年数も、立地も、そんなに変わらないはずなのに、ある家は高く、ある家はずいぶん安い。

その理由は、「売る人の事情」にあるのかもしれません。

不動産の価格は、その物件の中身だけで決まるわけではありません。どんな事情で、いつまでに売りたいのか。そうした売り手の事情も、価格に映り込むことがあります。

また、ひとくちに「値段」といっても、売主が最初に提示する売出価格と、交渉のすえ実際に取引が成立する成約価格があります。売り手の事情は、この売出価格や、値下げ交渉にどこまで応じるか、といったところに表れやすいのです。

🐈ニャッタ:「モーリー、よく似た家なのに、こっちはすごく安いんだけど……。見かけではわからないけど、悪いところがあるってこと?」

🦉モーリー:「悪いところがあるとは限らないよ。家そのものより、“売る人の事情”が値段に出ていることもあるんだ。」

🐈ニャッタ:「売る人の事情?」

🦉モーリー:「そう。たとえば“早く売りたい”という気持ち。今日はその、値段の背景にある事情を、ゆっくり見ていこう。」

1.価格は「家」だけで決まるわけではない

🦉モーリー:「まず、不動産の値段は、土地や建物の価値だけで決まるものではないんだ。」

もちろん、広さ・立地・築年数・状態といった「物件そのもの」は、価格の大きな手がかりです。

さらに、同じような家でも、売り出した時期や、そのときの金利、地域の需要、近くで成約した事例などによって、価格は動きます。

また、「売る人」と「買う人」がどのような状況に置かれているかも、価格に影響する場合があります。

たとえば、同じ家でも、

  • 時間をかけて、ゆっくり納得のいく値段で売りたい人
  • 事情があって、できるだけ早く売ってしまいたい人

では、つけられる価格が変わってくることがあります。

🐈ニャッタ:「あせらず売る人と、急いで売る人で、値段が違うってこと?」

🦉モーリー:「そういうことが起こりうる、ということだね。これは“売り急ぎ”と呼ばれる事情で、価格を考えるうえで、けっこう大事なテーマなんだよ。」

2.売り手の事情が、価格に映るとき

🦉モーリー:「“早く売りたい”という気持ちには、いろいろな背景があるんだ。」

売り手が「一番高く売ること」よりも「早く売ること」を優先したくなる事情には、たとえば次のようなものがあります。

2-1.相続したが、遠くに住んでいる

親から家を相続したものの、自分は遠くに住んでいて、現地に通うのも大変。空き家のまま持ち続けるより、早く手放したいと考える人もいます。

2-2.空き家の管理や、税の負担

だれも住んでいない家でも、持っているだけで負担は続きます。庭や建物の管理、固定資産税の支払いなど。

さらに、適切に管理されていない空き家は、市区町村から「管理不全空家等」として勧告を受けると、土地の固定資産税を軽くする住宅用地特例が外れ、税の負担が増えることがあります(2023年12月施行の改正空家法)。こうした負担を減らしたくて、早めの売却を選ぶ場合があります。

2-3.まとまったお金が必要なとき

高齢のために施設への入居費用が必要になったり、離婚にともなって財産を分けることになったり、事業の資金が必要になったり。資金をすぐに用意したい事情があると、「いつまでに売りたい」という時間の制約が生まれます。

🐈ニャッタ:「どれも、“家自体に問題がある”という話じゃないんだね。」

🦉モーリー:「そう。家は同じでも、売る人の事情によって、売りに出される値段が変わることがある。」

🦉モーリー:「ただし、安い理由は、売り手の事情とは限らないよ。権利関係や境界の問題、災害のリスク、大きな修繕費、建てかえができるかどうかといった“物件側の事情”が値段に出ていることもある。だから、安い物件を見つけたら、“なぜこの値段なのかな”と考える必要があるよ。」

3.「早く売る」と「高く売る」は、両立しにくいことがある

不動産は、買いたい人がすぐに見つかるとは限りません。納得のいく値段で売ろうとすると、買い手が現れるまで、ある程度の時間がかかることがあります。

ところが、「いつまでに売りたい」という事情があると、その時間をかけられません。

🦉モーリー:「買い手をゆっくり待てないとき、価格を少し下げて、早く買い手が決まるようにすることがあるんだ。」

つまり、安さの裏に、「急いでいる」という売り手の事情が隠れていることがあります。

🐈ニャッタ:「待てないぶん、値段を下げてるから、その差額は、早く売ることの対価を支払ってるということだね。」

🦉モーリー:「うまい言い方だね。もちろん、いつもそうだとは限らない。でも、“時間”と“価格”は、よく引き合いにだされるんだ。」

4.こうした事情を、一度はずして考える ──「正常価格」という見方

🐈ニャッタ:「でも、売る人の事情で値段が動くなら、“その家のほんとうの相場”ってわからなくならない?」

🦉モーリー:「いいところに気づいたね。だからこそ、そうした特別な事情を、いったんはずして考える見方があるんだ。」

不動産の鑑定評価には、「正常価格」という考え方があります。これは、ふつうの市場で、無理のない条件のもとで成立するであろう価格、という意味合いの言葉です。

国の定める不動産鑑定評価基準では、正常価格が成り立つ市場の前提として、たとえば次のようなことが挙げられています。

  • 売り急ぎや買い進みといった、特別な動機がないこと
  • 取引を成立させるために、相当の期間、市場に公開されていること
  • 売り手も買い手も、通常の知識や情報を持って判断していること

言いかえると、「急いで売りたい」「どうしても今ほしい」といった特別な事情は、できるだけ取り除いて考えよう、ということです。

ところで、正常価格は「絶対に正しい価格」という意味ではありません。

売り急ぎで売る人にとっては、早く現金化できることにも価値があります。

その人にとっては、少し安くても早く売れる価格のほうが、現実的な選択になることもあります。

正常価格は、そうした個別の事情をいったん脇に置いた価格を考えるためのものさしなのです。

🦉モーリー:「だから“売り急ぎ”は、なぜ正常価格という考え方が必要なのか、を説明するときの、わかりやすい具体例にもなるんだ。」

🐈ニャッタ:「事情で動いた値段を、そのまま相場だと思い込まないように、通常ならどのくらいで成立しそうかを考えているんだね。」

5.事情が価格に影響する場面

🦉モーリー:「“早く手放したい”という事情は、いろいろな場面で出てくるよ。」

価格の決まり方が、通常の売買と変わってくる場面には、たとえば次のようなものがあります。

相続

相続した不動産を、複数の相続人で分けたり、相続税の支払いが必要な場合にその資金にあてたりするために、売却を急ぐことがあります。

任意売却

住宅ローンの返済が難しく、通常の売却代金だけではローンを完済できない場合などに、金融機関等から抵当権抹消の承諾を得て売却する方法です。競売にかける前に行われることが多く、期限がある中で進めるため、時間に制約がかかりやすいとされています。

競売

返済が滞った不動産について、債権者の申立てにより、裁判所の手続きを通じて強制的に売却する仕組みです。売主が価格を決めて売り出す通常の売買とは、価格の決まり方や手続き、買主が負うリスクなどが異なります。

🐈ニャッタ:「どれも、ふつうの売り買いとは、少し事情がちがうんだね。」

🦉モーリー:「そう。だから値段だけを見るんじゃなくて、その背景にどんな事情があるのかも、あわせて見ていくことが大事なんだ。」

6.値段を見るときの問い

似たような家なのに値段が違うとき、次のような問いを持つと、値段の背景が見えやすくなります。

  • なぜ、この価格で売られているのか
  • 売り手には、急ぐ事情があるのか、それともゆっくり待てるのか
  • どのくらいの期間、市場に出ているのか
  • 価格の安さは、売り手の事情からきているのか、それとも権利関係・境界・修繕・再建築の可否といった物件側の事情からきているのか
  • 相続・任意売却・競売など、通常の売買とは事情の異なる取引ではないか

7.モーリーのまとめ

同じような家なのに値段が変わるのは、家そのものだけでなく、売り手の事情が価格に映ることがあるからです。

相続で遠くに住んでいる。空き家の管理や税の負担がある。まとまったお金が必要になった。そうした事情があると、「一番高く売る」より「早く売る」が選ばれ、価格が動くことがあります。

もちろん、安さの理由が売り手の事情にあるとは限りません。物件そのものの状態や権利関係、あるいは市場の需給によることもあります。

だからこそ、鑑定評価の世界では、こうした特別な事情をいったんはずして考える「正常価格」という見方があります。

🦉モーリー:「値段は、その家の姿だけでなく、売主の事情も映す鏡のようなものなんだ。」

🐈ニャッタ:「同じ家でも、値段の背景には、その人の物語があるんだね。」

参考にした原典

国土交通省「不動産鑑定評価基準」(正常価格の定義および成立要件、売り急ぎ・買い進み等の特別な事情、相当期間の市場公開)

住宅金融支援機構「融資住宅等の任意売却について」

裁判所「担保不動産競売・強制競売の手続」

国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法」(2023年12月施行の改正:管理不全空家等・住宅用地特例)

この話の星:⭐️ 星空図鑑|不動産市場

夜の森図書館蔵書案内

なぜ、正常価格という考え方が必要なのか
―― 前提とする市場の条件から考える ――

私たちは、不動産に値段がついているのを見ると、その価格が不動産そのものの中にあるように感じます。
けれど実際には、価格は取引の条件や市場の状況のなかから立ちあがっています。

では、売り急ぎや買い進み、情報の偏りといった事情が混じる現実の市場のなかで、私たちは何を基準に不動産の価値を考えればよいのでしょうか。

この本では、不動産鑑定評価基準が掲げる「正常価格」という考え方を手がかりに、自由な市場、最有効使用、情報の非対称性、そして市場のゆがみについて、森の生きものたちの小さな物語を通して読み解いていきます。

正常価格とは、理想の値段ではありません。
それは、現実の市場を土台にしながら、一回かぎりの事情によるゆがみを見分けるための「ものさし」です。価格そのものではなく、価格を測るための見方へ。
不動産鑑定評価の中心に置かれた「正常価格」という考え方を、静かに読み直していくための一冊です。

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