レコル出版の棚

レコル出版|継続賃料を読む──続いている契約と、変わっていく相場

モーリー
Contents
  1. まえがき
  2. 第1章 賃料の二つの顔 ── 新規賃料と継続賃料
  3. 第2章 値上げ通知が届いた、そのとき
  4. 第3章 借地借家法という背景
  5. 第4章 継続賃料が見ている「事情変更」
  6. 第5章 四つの試算方法
  7. 第6章 話し合いの道すじ
  8. 第7章 基準が静かに整えてきたこと
  9. あとがき
  10. この本の原典

まえがき

夜の森の図書館には、ときどき、外の世界のざわめきが届きます。

「大家さんから、賃料の値上げ通知が届いた」
「来月から家賃を上げると書かれていた」
「これは、断ることができるのだろうか」

そんな声が聞こえてくるたびに、レコルは、棚にしまってあった一冊を取り出します。


背表紙には、ただ「賃料」と書かれています。

けれども、なかを開くと、賃料には、はじまりの賃料と、続いていく賃料の、二つの顔があることが書かれています。

新規賃料は、はじまりの時点で結ばれる賃料です。そのとき、その立地のもとでその建物に、入居したい人がいて、市場の相場のなかで一つの金額が決まります。

一方、継続賃料は、すでに続いている関係のなかで見直される賃料です。何年も前に結ばれた契約があり、その後物価が変動し、税金が変わり、街のようすも変わっています。それでも、賃貸借という関係が続く中、貸主と借主の負担感をどう調整するかという課題に直面します。

この本では、続いている契約のなかで、賃料がどのように見直されていくのかを、不動産鑑定評価基準と借地借家法を読み直しながら整理していきます。

物価が上がっている昨今、大家さんから値上げ通知が届いたという話を耳にすることが増えてきました。けれども、賃料の改定は、いまの相場だけで決まるものではありません。続いてきた契約の経緯、これまで支払われてきた賃料、そして、その関係のあいだに生じた事情の変化が、ゆっくり織り合わされて、ひとつの落としどころが探されていきます。

この本は、その織り合わせを、なるべく流れとして読めるように整理した一冊です。

🐿️ レコル:「この本はね、続いている賃貸借契約の賃料が、どう見直されていくのかを読んでいくよ。新規賃料との違いを入口にしながら、不動産鑑定評価基準と借地借家法を、ゆっくり歩いていこう。」

第1章 賃料の二つの顔 ── 新規賃料と継続賃料

1-1 賃料という言葉のなかにあるもの

賃料という言葉は、日常では一つの意味で使われることが多いように思います。「家賃」「地代」「テナント料」──呼び方はいろいろですが、いずれも、貸している人と借りている人のあいだで、毎月動いているお金です。

けれども、不動産鑑定評価基準のなかでは、賃料は、その性格によって二つに分けて整理されています。一つは新規賃料、もう一つは継続賃料です。

この二つは、対象としている時点の数が、そもそも違います。新規賃料は、ある一つの時点だけを見ています。価格時点における市場相場が、そのまま新規賃料の手がかりになります。これに対して継続賃料は、二つの時点を見ています。直近に当事者が合意した時点と、いま見直そうとしている価格時点。その二つの時点のあいだで何がどう変わったのかが、継続賃料の中心的な手がかりになっていきます。

1-2 新規賃料 ── はじまりの時点で結ばれる賃料

新規賃料は、新しく賃貸借契約を結ぶときに設定される賃料です。たとえば、空室になった部屋に新しい入居者が決まるとき。新しいテナントが入居するとき。新たに土地を貸し出すとき。そうした「はじまり」の場面で、対象不動産を借りる賃料が、新規賃料です。

新規賃料を求めるときに使われる手法は、不動産鑑定評価基準では、積算法、賃貸事例比較法、収益分析法が基本とされています。市場の取引事例、対象不動産の元本価値、そこから得られる収益。複数の角度から、いまの市場で成立しうる賃料水準を読み解いていく、というイメージです。

新規賃料は、ある時点の市場の相場を、できるだけ正確に映そうとします。

1-3 継続賃料 ── 続いている関係のなかの賃料

一方、継続賃料は、すでに続いている賃貸借契約の賃料を改定する場面で問題になります。

たとえば、10年前に結ばれた賃貸借契約があるとします。当時の相場をもとに賃料が決められ、契約が続いてきました。そのあいだに、街の相場は少しずつ変わってきています。固定資産税の負担も変わっているかもしれません。物価も上がってきています。

それでも、契約は続いています。大家さんも、借りている人も、そのままの関係を続けていくつもりではいる。けれども、いまの賃料は、当時の感覚のままでよいのだろうか──そう問われたときに登場するのが、継続賃料です。

不動産鑑定評価基準では、継続賃料は、新規賃料とはっきり区別されています。新規賃料が「市場でいま成立しうる賃料水準」を読み解こうとするのに対し、継続賃料は「続いてきた関係のなかで、いま支払われるべき相当な賃料水準」を読み解こうとします。

🐿️ レコル:「新規賃料は『いま』を読む賃料。継続賃料は『これまでと、いま』を読む賃料なんだよ。」

1-4 二つの時点を見るということ

継続賃料は、「いまの相場」だけを見て決まるものではありません。

新規賃料が、価格時点における市場の相場を手がかりにするのに対し、継続賃料は、これまで続いてきた契約のなかで、何が変わったのかを読んでいきます。

そのため、継続賃料の鑑定評価では、二つの時点が大切になります。

一つは、直近合意時点です。当事者が現行賃料について合意し、その賃料が適用された時点をいいます。

もう一つは、価格時点です。いま、賃料を見直そうとしている時点です。

継続賃料の鑑定評価では、この二つの時点のあいだに生じた事情の変化を確かめていきます。

土地や建物の価格はどう動いたか。公租公課はどう変わったか。近隣の賃料相場はどう推移したか。契約内容に変更はなかったか。

そうした事情変更をたどりながら、現在の賃料が相当かどうかを考えていくのです。

新規賃料が「ある時点」を見るのに対し、継続賃料は「そのあいだに起きた変化」を見ている。この違いは、継続賃料を読むうえでの大切な入口になります。

第2章 値上げ通知が届いた、そのとき

2-1 ある日、ポストに入っていた一通

ある日のこと、ポストに、白い封筒が一通入っています。差出人は、いま借りている部屋の大家さんです。

便箋を開いてみると、こう書かれています。

「昨今の物価上昇および周辺相場の変動を踏まえ、来月分より、賃料を改定させていただきます。新賃料は、〇〇円とさせていただきますので、ご確認のうえ、ご承諾いただけますようお願いいたします。」

物価高というニュースが、毎日のように流れている昨今です。たしかに、近くで募集されている部屋の賃料も、少し前よりは高くなっている気がしている。けれども、急に金額が上がると言われると、戸惑いがあります。

この通知に、必ず従わなければならないのでしょうか。

2-2 「物価が上がっているから」だけでは足りない

賃料の値上げは、大家さんからの通知が届いた瞬間に成立するものではありません。

借地借家法という法律のなかに、賃料を改定するための仕組みが置かれています。具体的には、建物の賃貸借については第32条、借地については第11条です。

借地借家法第32条では、こう整理されています。

建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。(要約)

読み解いてみると、賃料の見直しが認められるのは、「いまの賃料が不相当」になっているときだということが分かります。物価が上がったから、というだけで自動的に賃料が上がるわけではありません。

現在の賃料が、事情の変化を踏まえてもなお妥当といえるのか、それとも見直しが必要な状態になっているのかを考えていくことになります。

そして、ここで大切なのは、賃料の改定は、通知が届いた時点で直ちに決まるものではなく、当事者間の協議などを通じて整理されていく仕組みになっているという点です。

2-3 拒否はできるのか

結論からいうと、賃料の値上げ通知を受け取った借主側が、「内容に納得していません」と意思を示すことは妨げられません。

当事者間で新しい賃料について合意できれば、その金額が新しい賃料になります。しかし、合意に至らない場合には、まず話し合いや調停を通じて解決が図られ、それでもまとまらないときは、最終的に裁判によって賃料額が決まることになります。

借地借家法第32条第2項には、こう書かれています。

建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。(要約)

言い換えると、増額請求を受けた借主は、裁判が確定するまでのあいだ、「自分が相当だと考える額」を払い続けてよいということになります。たとえば、これまでの賃料を払い続けるという選択もあり得ます。一方で、裁判で増額が認められた場合には、増額請求後に生じた不足額について、年1割の利息を付して支払うことになります。

減額請求の場合も、対の関係になっています。借地借家法第32条第3項では、裁判確定までの間、貸主は「相当と認める額」を受け取ることができ、最終的に減額が確定した場合には、受け取りすぎていた分を、年1割の利息を付けて返還することとされています。

🐿️ レコル:「値上げ通知が届いても、納得できなければ応じなくてもいいんだ。そのあとどうするかは、まず話し合いながら考えていくことが多いよ。」

2-4 賃料不増額特約・賃料不減額特約

契約書のなかには、ときどき、「一定期間は賃料を増額しない」あるいは「一定期間は賃料を減額しない」といった特約が盛り込まれていることがあります。

借地借家法第32条第1項のただし書では、「一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う」とされています。つまり、賃料を増額しないという特約がある場合には、その期間中は増額請求はできない、ということになります。

一方で、賃料の減額をしない旨の特約については、判例上、借地借家法第32条が強行法規であると整理されているため、原則として、減額請求権そのものを排除することはできないと考えられています。ただし、定期建物賃貸借(借地借家法第38条)の場合には、賃料の改定に関する特約があれば、第32条の規定は適用しないと定められており、扱いが少し異なります。

普通の建物賃貸借か、定期建物賃貸借か。賃料不増額か、賃料不減額か。同じ「特約」という言葉でも、その効果は契約類型によって変わってきます。値上げ通知が届いた場面では、まず手元の契約書のなかに、どんな特約が置かれているのかを確かめておくと、流れがつかみやすくなります。

第3章 借地借家法という背景

3-1 借地借家法の成り立ち

賃料の改定について読むときには、その背景にある借地借家法という法律を、少しさかのぼって見ておくと、流れが見えやすくなります。

現在の借地借家法は、平成3年(1991年)10月4日に公布され、平成4年(1992年)8月1日に施行された法律です。けれども、賃貸借関係を規律する法制度そのものは、それよりずっと古くからありました。借地法は大正10年(1921年)に、借家法も同じ大正10年に制定されています。

戦前から戦後にかけて、賃貸借契約をめぐる仕組みは、何度か見直されてきました。とくに、住む場所を失わないように借りている人を守る、という考え方は、戦中・戦後の社会状況のなかで強くなっていきます。「正当事由」なしには契約の更新を拒めない、という法定更新制度が整えられたのも、こうした流れのなかにあります。

そして、平成3年の借地借家法は、それまでの借地法、借家法、建物保護ニ関スル法律という三つの法律を一つに整理し、現代の社会経済情勢に合わせて見直した法律として登場します。普通借地権の存続期間の見直しや、契約更新のない「定期借地権」の創設も、この大きな流れのなかで整えられました。その後、平成11年改正(平成12年3月1日施行)により、「定期建物賃貸借」も導入されています。

🐿️ レコル:「借地借家法は、もともと「住む場所を失わないようにするための仕組み」から育ってきた法律なんだ。だから、賃料の改定の場面でも、貸主と借主のバランスを大切にする色合いが、いまも残っているよ。」

3-2 借地借家法第11条と第32条

賃料の増減を整理しているのは、借地借家法のなかでも、第11条と第32条という二つの条文です。

第11条は、借地(土地の賃貸借)の地代等についての規定です。地代や土地の借賃が、租税その他の公課の増減、土地の価格の上昇や低下、その他の経済事情の変動、または近傍類似の土地の地代等に比べて不相当となったときに、当事者は将来に向かって増減を請求することができる、とされています。

第32条は、借家(建物の賃貸借)の借賃についての規定です。建物の借賃が、土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減、土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動、または近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときに、当事者は将来に向かって借賃の額の増減を請求することができる、とされています。

読み比べてみると、ほぼ同じ構造であることが分かります。土地の場合と建物の場合とで、関係する負担や近傍の比較対象が違うだけで、「不相当となったとき」「将来に向かって」「当事者は増減を請求できる」という骨格は共通しています。

3-3 なぜ「不相当となったとき」なのか

借地借家法が、賃料の増減について「不相当となったとき」と書いていることには、一つの考え方が映されているように思います。

賃料は、契約が結ばれた時点では、当事者が納得して合意したものです。法は、その合意を尊重するところから出発します。けれども、長い時間が経つあいだに、その合意が前提としていた状況そのものが、大きく変わってしまうことがあります。物価が動き、税金が動き、街の相場が動きます。そのときに、当時の合意のまま固定し続けると、どちらか一方に大きな不利益が生じてしまうことがあります。

「不相当となったとき」という言葉は、当事者の合意を尊重しつつも、事情の変化によって、その合意のまま続けるのは公平を欠く状態になったときには、将来に向かって調整できる余地を残しておく、という発想を映しているように読めます。

言い換えると、賃料増減請求権は、自由に賃料を変えるための権利ではなく、合意が前提としていた均衡が大きく崩れたときに、もう一度、当事者間の公平を取り戻すための仕組みであるとも整理できます。

3-4 強行規定としての性格

借地借家法第32条は、判例上、強行規定として位置づけられています。

強行規定というのは、契約のなかで違う約束をしても、その法律の規定を優先する、という性格の規定です。たとえば、契約書のなかで「賃料は今後一切減額しない」と定めていたとしても、減額請求権そのものを完全に排除することはできない、と整理されています。

ただし、これにも例外はあります。先ほど触れたように、定期建物賃貸借(借地借家法第38条)では、賃料の改定に関する特約があれば、第32条の規定は適用しないと定められています。定期借地・定期借家といった、契約期間の終わりがあらかじめ決まっている類型では、当事者の自由な合意が、より広く認められているわけです。

普通の賃貸借か、定期の賃貸借か。この入口の違いが、賃料改定の場面でどこまで自由に決められるか、という幅にも、つながっていきます。

🐿️ レコル:「「強行規定」っていう言葉は固く聞こえるけど、要は「契約だけで上書きできない、社会のルール」っていうことだよ。借地借家法のなかには、そうした「上書きできない部分」と「合意で動かせる部分」が混ざっているね。」

第4章 継続賃料が見ている「事情変更」

4-1 直近合意時点という起点

継続賃料の鑑定評価には、独特の「起点」があります。それが、直近合意時点です。

不動産鑑定評価基準のなかでは、直近合意時点は、契約当事者間で現行賃料を合意し、それを適用した時点として整理されています。たとえば、5年前に賃料の改定について合意し、その金額で支払いがされてきたのであれば、その5年前の時点が、直近合意時点ということになります。

継続賃料の鑑定評価では、この直近合意時点を起点とし、価格時点までの期間に、どのような事情の変化があったのかを丁寧に確かめていきます。

直近合意時点の特定は見た目以上に難しい場面があります。

長年の契約では、いつ現在の賃料になったのかが必ずしも明確でないこともあります。賃料改定の経緯が書面として残っていない場合や、貸主・借主が代替わりしている場合などは、とくに確認が必要になります。

だからこそ、不動産鑑定士は、賃貸借契約の内容や、賃料改定の経緯を、資料と当事者の説明から丁寧に確かめていく必要があるとされています。

4-2 継続賃料固有の価格形成要因

不動産鑑定評価基準では、継続賃料には、新規賃料の価格形成要因に加えて、「継続賃料固有の価格形成要因」があると整理されています。

運用上の留意事項では、継続賃料固有の価格形成要因として、おおむね次のようなものが例示されています。

  • 近隣地域もしくは同一需給圏内の類似地域等における土地・建物の賃料の推移、または改定の動向
  • 土地・建物の価格の推移
  • 公租公課(固定資産税、都市計画税など)の推移
  • 契約の内容および契約締結の経緯
  • 賃貸人・賃借人それぞれが、近隣地域の発展に寄与してきた程度

これらは、いずれも、直近合意時点から価格時点までの期間に、どのような動きがあったのかを、時系列で読み解いていくための手がかりです。

たとえば、固定資産税の動きが、賃料水準にどのくらい関係しているのか。近隣の似た物件の賃料が、この数年でどう動いてきたのか。契約に何か特別な事情はなかったか。そうした要素を、一つずつ並べていく作業が、継続賃料の鑑定評価の中心にあります。

4-3 経済的事情と契約的事情

継続賃料における「事情変更」には、大きく分けて二つの性格のものがあります。

一つは、経済的事情の変化です。物価、地価、公租公課、近隣の賃料相場など、当事者の意思とは別のところで動いているものです。

もう一つは、契約的事情の変化です。たとえば、契約期間中に用途が変わった、敷地の一部の利用形態が変わった、賃貸借の対象に変更があった、といったケースです。当事者間の取り決めや、利用の実態に関わる動きです。

不動産鑑定評価基準は、この両方を視野に入れています。継続賃料は、物価や相場という大きな流れの変化と、当事者間に固有の事情の変化とを、両方の目で読んでいく必要があるためです。

🐿️ レコル:「数字だけ見ると、物価や相場の話に目が行きがちなんだけど、現場では、契約のなかで起きていた小さな変化が、けっこう大きな意味を持つこともあるよ。」

4-4 「諸般の事情」と当事者の公平

不動産鑑定評価基準では、継続賃料の鑑定評価は、直近合意時点から価格時点までの事情の変化に加えて、契約締結の経緯や契約の内容など、「諸般の事情」を総合的に勘案して、当事者の公平を図るものとされています。

「諸般の事情」という表現は、少しふわっとした言い方に聞こえるかもしれません。けれども、ここには、賃料改定が、単純に数字の差を埋める作業ではなく、当事者のあいだで続いてきた関係を踏まえた整理である、という考え方が映されているように読めます。

たとえば、長く続いてきた信頼関係のなかで、ある時期に賃料を据え置いてきた経緯があるかもしれません。借主側が建物の維持管理に協力してきた経緯があるかもしれません。あるいは、近隣の街づくりに、貸主・借主のどちらかが大きく関わってきた経緯があるかもしれません。

そうした「諸般の事情」は、新規賃料の評価では考慮されにくい要素ですが、継続賃料の評価では、当事者の公平を図るための重要な手がかりになります。

第5章 四つの試算方法

5-1 四つの手法を関連づける

不動産鑑定評価基準の各論第2章では、継続賃料を求めるための手法として、四つが挙げられています。差額配分法、利回り法、スライド法、そして賃貸事例比較法です。

基準は、これらの手法のいずれか一つだけで結論を出すというよりも、それぞれの試算賃料を求めたうえで、関連づけて鑑定評価額を決定する、という整理をしています。

それぞれの手法には、見ている側面の違いがあります。順番に読んでいきます。

5-2 差額配分法 ── 相場との差をどう分けるか

差額配分法は、対象不動産の経済価値に即応した正常な賃料(または、新規賃料としての相当賃料)と、実際に支払われている賃料との差額を出発点にする手法です。

この差額のすべてを、そのまま貸主が受け取るものとは扱いません。差額には、賃貸借契約の経緯、契約内容、当事者の貢献度などが反映されているはずだからです。差額のうち、どの部分を新しい賃料に反映させるべきかを、契約の内容や経緯に照らして判断し、実際支払賃料に加算(または減算)していきます。

差額配分法は、相場との「差」を見つつ、その差を「どう分けるか」を整理する手法だとも言えます。借地借家法が大切にしてきた、当事者間の公平という考え方とも、相性のよい手法と整理されることがあります。

5-3 利回り法 ── 基礎価格に対する利回りで読む

利回り法は、対象不動産の基礎価格に、継続賃料利回りを乗じて得た金額に、必要諸経費等を加算して、試算賃料を求める手法です。

考え方の流れとしては、賃貸している対象不動産の元本としての価値(基礎価格)に対して、どれくらいの利回りを得るのが妥当か、という発想で賃料を組み立てていきます。新規賃料を求めるときの積算法と似た構造を持っていますが、利回りとして用いるのは、新規賃料時の利回りではなく、「継続賃料利回り」であるという点に、固有のひと工夫があります。

継続賃料利回りは、直近合意時点における賃料と元本価値の関係を出発点にしつつ、価格時点までの利回り水準の動きを踏まえて、調整して用いられると整理されています。

5-4 スライド法 ── 直近合意時点からの変動率で動かす

スライド法は、直近合意時点における純賃料(実際支払賃料から必要諸経費等を控除したもの)に、変動率を乗じて得た金額に、価格時点における必要諸経費等を加算して、試算賃料を求める手法です。

変動率には、消費者物価指数や賃料指数、地価指数、企業向けサービス価格指数など、対象不動産の性格に応じた指標を組み合わせて使うことになります。

スライド法は、直近合意時点から価格時点までに、どれくらい賃料を取り巻く水準が動いてきたか、ということを、できるだけ素直に賃料に反映させようとする手法です。物価や賃料相場の変化を手がかりに、過去に合意された賃料を現在の水準へ動かしていくことから、「スライド法」と呼ばれています。

🐿️ レコル:「スライド法は、物価高のような大きな流れを賃料に反映させる場面で、よく注目される手法だよ。けれど、変動率に何を選ぶかで結果がけっこう変わるから、慎重な判断がいるね。」

5-5 賃貸事例比較法 ── 継続的な賃料改定事例から読む

賃貸事例比較法は、対象不動産と類似の不動産における賃料の事例を収集し、必要な補正を加えて、試算賃料を求める手法です。継続賃料の評価では、新規賃料を求める場合の賃貸事例比較法に準じつつ、契約の経緯や賃料改定の経緯といった継続賃料固有の価格形成要因の比較を、適切に行うこととされています。実務では、契約が続いているなかで賃料が改定された事例(継続賃料事例)が重視されることが多い、と整理されています。

考え方は、新規賃料の賃貸事例比較法と似ています。ただし、参照する事例は、新たに賃貸借契約が結ばれた事例だけでなく、契約が続いているなかで賃料が改定された事例も視野に入れていく、という点に固有の特徴があります。

もっとも、継続賃料の改定事例は、当事者間の内部的なやりとりとして外に出ないことが多く、十分な事例を収集することが難しい、という性格があります。そのため、実務では、賃貸事例比較法は、補完的な役割で用いられることが多いと整理されることがあります。

5-6 試算賃料を関連づけて決定する

四つの手法は、それぞれ違う側面から、継続賃料を試算していきます。

差額配分法は、相場との差を、当事者の経緯のなかで分け合うという発想です。利回り法は、対象不動産の元本価値と利回りという、収益的な視点から賃料を組み立てます。スライド法は、直近合意時点からの動きを手がかりに、過去に合意された賃料を現在の水準へ動かす発想です。賃貸事例比較法は、似た契約での改定の動向を読み解こうとします。

それぞれの手法は、継続賃料を違う方向から照らしています。だからこそ、不動産鑑定評価基準は、いずれか一つだけで結論を出すのではなく、複数の試算賃料を求めて、関連づけて鑑定評価額を決定する、という整理をしています。

裁判例のなかでは、差額配分法とスライド法を中心に据えて、利回り法や賃貸事例比較法を補完的に位置づける、という整理が見られることがあります。これは、借地借家法が大切にしてきた、当事者間の公平と、経済事情の変動への反映という二つの軸が、それぞれの手法のなかに、よく映されていると見られているためかもしれません。

第6章 話し合いの道すじ

6-1 通知から協議へ

実際には、値上げ通知が届いたからといって、すぐに調停や訴訟へ進むわけではありません。

貸主にとっても、借主が退去すれば、空室期間や募集費用、原状回復費用などが生じることがあります。借主側にとっても、引っ越しには費用や生活上の負担があります。

そのため、多くの場面では、まず当事者間で話し合いながら、現行賃料のまま続けるのか、段階的に改定するのか、別の金額で合意するのかを探っていくことになります。

借地借家法も、こうした「まずは協議を行う」という流れを前提にしています。

賃料の増減請求は、まずは当事者間の話し合いから始まります。

実務では、増額(または減額)を求める側が、相手方に対して、内容証明郵便などの書面で、いつから、どのような賃料に改定したいのかを通知することが多いとされています。

6-2 調停前置主義

話し合いがまとまらないとき、いきなり訴訟を提起できるかというと、そうではありません。

民事調停法第24条の2では、借地借家法第11条(地代等)または第32条(建物の借賃)に関する事件について訴えを起こそうとするときは、まず調停の申立てをしなければならないと定められています。これが、「調停前置主義」と呼ばれている仕組みです。

調停前置主義の背景には、賃貸借関係が長く続くことが多いという特徴があります。一方が勝ち、一方が負ける、という結論よりも、当事者が納得できる落としどころを探していく方が、その後の関係にもよい、という発想です。

調停では、調停委員が中立的な立場で、当事者の言い分を聞きながら、合意点を探していきます。事案によっては、不動産鑑定士に賃料の鑑定評価を依頼し、その結果を踏まえて協議が進められることもあります。

6-3 訴訟へ進む場合

調停で合意ができない場合には、訴訟が提起されることになります。

訴訟では、賃料増減請求権の要件を満たしているか(賃料が不相当となっているか)、相当な賃料はいくらか、ということが争われます。多くの場合、裁判所が選任する鑑定人による鑑定が行われ、その鑑定書が判断の重要な手がかりとされます。

裁判が確定するまでのあいだ、借地借家法第32条第2項・第3項のとおり、増額請求の相手方は「相当と認める額」を支払い、減額請求の相手方は「相当と認める額」を受け取ることができ、最終的に裁判で確定した賃料との差額については、年1割の利息を付けて精算することになります。

「相当と認める額」は、相手方の主張する金額のことではなく、自分自身がいま支払う(受け取る)べきだと判断した金額です。多くの場合、これまでの賃料がその目安になるとされますが、状況によって扱いは変わり得ます。

6-4 鑑定評価が担っていること

賃料増減請求の紛争のなかで、不動産鑑定評価は、当事者の主張を支える重要な役割を担うことがあります。

国土交通省が公表してきた調査資料のなかでは、継続賃料の鑑定評価額が、不動産鑑定士によって大きく異なる場合があり、その透明性や説明責任を高めていく必要がある、ということが論点として挙げられてきました。平成26年(2014年)の不動産鑑定評価基準の改正は、こうした問題意識を踏まえ、継続賃料に関する規定を全体的に見直したものとされています。

改正では、継続賃料固有の価格形成要因の明確化、四つの手法の適用方法の整理、賃貸借契約の内容や直近合意時点の確定、争点となっている事実関係の整理など、鑑定評価報告書(鑑定評価書)に記載すべき事項が具体的に示されました。これらは、いずれも、鑑定評価額が当事者にとって「なぜその金額になるのか」を読みやすくするための工夫だと整理できます。

🐿️ レコル:「鑑定評価は、紛争の場面では「結論の数字」だけが注目されがちなんだけど、本当に大切なのは、その数字までの読み筋なんだ。直近合意時点をどう確定したか、事情変更をどう拾ったか、どの手法をどう関連づけたか。そのプロセスが、当事者の納得につながっていくよ。」

第7章 基準が静かに整えてきたこと

7-1 平成26年改正で整えられたこと

不動産鑑定評価基準は、これまでに何度か改正されてきています。継続賃料に関わる部分で、特に大きな見直しがあったのが、平成26年(2014年)の改正です。

この改正は、平成15年(2003年)以降の最高裁判決をはじめとする一連の裁判例で示されてきた考え方を踏まえつつ、継続賃料の鑑定評価について、より読みやすい整理にすることを目指して行われたものとされています。改正の主な内容は、おおむね次のように整理できます。

  • 継続賃料の鑑定評価における一般的留意事項を明確にしたこと
  • 差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法という四つの手法の適用方法を一部修正したこと
  • 賃貸借契約の内容や直近合意時点の確定、争点となっている事実関係の整理など、鑑定評価報告書に記載すべき事項を具体化し、説明責任と透明性を高めたこと
  • 継続賃料固有の価格形成要因を、明確に位置づけたこと

7-2 基準が大切にしているもの

改正の経緯を読み直すと、不動産鑑定評価基準が、継続賃料について大切にしようとしてきたものが、少しずつ見えてきます。

一つは、当事者の公平です。賃料は、当事者間の合意から始まっています。そのなかで、続いてきた関係と、変わっていった事情のあいだに、なるべく公平が保たれるように整える。継続賃料の鑑定評価は、そのための手がかりを提供する作業として整理されています。

もう一つは、判断のプロセスの透明性です。賃料増減請求の紛争では、結論の金額だけでなく、その金額に至るまでの考え方を、当事者と裁判所に対して、分かるかたちで示すことが求められます。直近合意時点の確定、事情変更の整理、各手法による試算、それらの関連づけ──こうしたプロセスを丁寧に示すことが、基準のなかで強く意識されてきています。

7-3 物価の動きと、続いていく契約

近年、物価高が続くなかで、賃料の改定をめぐる相談が増えているという話が、各所で聞かれます。

オフィスなど一部の民間調査では、直近の賃料改定で増額となる例が目立つことも報告されており、賃料の見直しが現実的なテーマになっているとされています。

一方で、賃料の改定は、相場や物価の変動だけで決まるものではない、という基本は変わりません。続いてきた関係のなかで、何がどう変わったのか。当事者間で、何を大切に積み重ねてきたのか。継続賃料は、相場の変動だけでなく、続いてきた契約の歩みもたどりながら、いまの賃料を読み直していくものとして考えられています。

物価が大きく動く時代だからこそ、相場の変動に流されすぎず、続いてきた契約の文脈を読み直していく、という視点が、これまで以上に大切になっていくのかもしれません。

🐿️ レコル:「物価高のニュースが続くと、「賃料も連動して上がる(または下がる)のが当然」って思いがちなんだけど、続いてきた契約には、その契約だけの物語があるから。相場と物語の両方を読むのが、継続賃料を読むということなんだね。」

あとがき

この本では、続いている賃貸借契約のなかで、賃料がどのように見直されていくのかを、不動産鑑定評価基準と借地借家法という二つの原典のあいだを行き来しながら、読み直してきました。

賃料は、多くの人にとって毎月関わる、とても身近なお金です。けれども、その金額の決まり方は、新規賃料と継続賃料とで、まったく違う発想で組み立てられていました。新規賃料は、ある時点の市場の相場を切り取ろうとするのに対し、継続賃料は、ある期間のあいだに動いていったものを読み解いていく。同じ「賃料」という言葉のなかに、二つの時間の感覚が織り込まれていることに、改めて気づかされます。

借地借家法は、貸主と借主のあいだに、極端な不均衡が生まれないように、ゆっくりと整えられてきた法律です。賃料増減請求権という仕組みも、当事者の合意を尊重しつつ、その合意の前提が大きく崩れたときには、もう一度、公平を取り戻すための余地を残しておく、という思想のうえに立っています。

不動産鑑定評価基準は、その公平を取り戻すための「読み筋」を、四つの試算手法と、継続賃料固有の価格形成要因という形で、整えてきました。直近合意時点という起点を置き、そこから価格時点までのあいだに動いたものを、丁寧に拾い上げていく。その作業は、結論の数字を出すための手続きであると同時に、続いてきた関係を、もう一度言葉にしていく作業でもあります。

値上げ通知が届いたときに、戸惑うのは、ごく自然なことです。けれども、その通知の背景には、借地借家法という仕組みがあり、不動産鑑定評価基準という整理があります。それらを少しでも読み解けるようになっておくと、慌てずに、相手方と向き合っていけるのかもしれません。

この本は、レコルが、夜の森の図書館で、ゆっくり原典を読み直して整理した一冊です。制度や運用は、これからも変わっていきます。実際の場面では、必ず、最新の原典本文と、専門家への相談をあわせて確かめていただければ嬉しいです。

夜の森図書館にて  レコル

この本の原典

この本は、以下の原典をもとに整理しています。

制度や運用は更新されるため、実務で利用する際は最新の原典をご確認ください。

不動産鑑定評価基準・関連基準

・不動産鑑定評価基準(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204083.pdf

・不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204077.pdf

・土地・不動産・建設業:法令・不動産鑑定評価基準等(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk4_000024.html

継続賃料に関する調査・検討資料

・第2部 継続賃料にかかる鑑定評価の方法等の検討(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204002.pdf

・第2部 継続賃料にかかる鑑定評価上の課題整理(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204005.pdf

・地価・不動産鑑定:定期借地権及び継続賃料にかかる評価のあり方の調査(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk4_000034.html

・改正不動産鑑定評価基準等(平成26年5月1日一部改正)(国土交通省 審議会・委員会等)

https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/totikensangyo02_sg_000061.html

法令

・借地借家法(平成三年法律第九十号)(e-Gov法令検索)

https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090

業界団体・関連資料

・公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 公表資料

https://jarea.org

・JAREA-e研修「継続賃料の鑑定評価」配信について(日本不動産鑑定士協会連合会)

https://jarea.org/info/2022/04/1295.html

※リンク先は、執筆時点で確認できたものを掲載しています。

──────────

継続賃料を読む

── 続いている契約と、変わっていく相場

レコル出版|制度を読む本

編集日:2026年5月29日

──────────

記事URLをコピーしました