不動産鑑定評価基準と留意事項を読む

モーリー

―― 価格に向かう理論の流れを、もう一度たどる

Contents
  1. まえがき
  2. 序章 基準と留意事項という二冊の本
  3. 第1章 基準が見ている世界 ―― 不動産とその価格
  4. 第2章 不動産を、種別と類型で見る
  5. 第3章 価格を形成する要因 ―― 三つのレイヤー
  6. 第4章 価格の諸原則 ―― 評価の足場
  7. 第5章 何を、いつ、どんな価格として求めるのか
  8. 第6章 地域を読み、不動産を読む
  9. 第7章 三つの方式 ―― 原価・比較・収益
  10. 第8章 鑑定評価の手順と報告書
  11. 第9章 各論にふれる ―― 価格・賃料・証券化対象不動産
  12. 第10章 改正の流れ ―― 基準は何を映してきたか
  13. あとがき
  14. 参考にした原典

まえがき

不動産鑑定評価基準(以下「基準」)と、その運用上の留意事項(以下「留意事項」)は、不動産鑑定士が鑑定評価を行うときに拠りどころとする、基本的となる文書です。条文のような体裁で書かれていて、初めて読む人にとっては、どこから読めばいいのか、何を伝えようとしているのかが見えにくいところもあります。

この本は、その基準と留意事項を、初心者の方が「流れ」として読めるように整理したものです。条文をひとつずつ訳すのではなく、基準全体が「価格に向かってどう進んでいくのか」、そして留意事項が「基準のどこに、どんな注意書きを添えているのか」を、ゆっくりたどっていきます。

総論を中心に、流れを重視して構成しました。各論や証券化対象不動産については、最後に概観として触れています。

🐿️レコル:「この本ではね、基準が大切にしている考え方や、理論の流れを、ゆっくり読んでいくよ。内容の暗記ではなくて、『どうしてこの順番で書かれているんだろう』というところに目を向けて読むと、不動産鑑定評価という仕事の輪郭が、すっと見えてくる気がするよ。」

序章 基準と留意事項という二冊の本

不動産鑑定評価のルールは、ひとつの分厚い本にまとまっているわけではありません。国土交通省は、二つの文書を別々に公表しています。

ひとつが「不動産鑑定評価基準」。

もうひとつが「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」です。

基準は、どちらかというと骨組みです。総論九章と各論三章で構成されていて、不動産の鑑定評価という仕事の理論的な枠組みを、抽象度の高い言葉で示しています。

留意事項は、基準の各章に対応する形で、「ここはこういう意味で読んでください」「こういう場合はこう考えてください」と注釈を添えるような位置づけです。基準だけでは判断が分かれそうな場面に、留意事項が具体例や言い換えを置いてくれている、と読むこともできます。

🐿️レコル:「基準と留意事項は、いつもセットで読むんだ。基準だけだと言葉が硬くて意味の幅が大きいから、留意事項を横に置いて『つまりこういうこと?』と確認しながら読み進めると、はじめて像が結ばれてくる感じがするよ。」

基準と留意事項の現行版は、いずれも平成14年(2002年)の全部改正を基礎としています。その後、平成19年・平成21年・平成22年(留意事項のみ)・平成26年に一部改正が重ねられ、現在の姿になっています。改正の経緯については、本書の最後の章で、主要なところだけ整理して触れます。

第1章 基準が見ている世界 ―― 不動産とその価格

基準の入口で語られていること

基準の総論第1章は、「不動産の鑑定評価に関する基本的考察」というタイトルで始まります。鑑定評価の手法やルールが具体的に出てくる前に、まず、不動産という財そのものの特徴と、鑑定評価という仕事の意義を、ゆっくり語ろうとしています。

ここで基準が示している、不動産の価格についてのもっとも基本的な見方は、次の三つの相関結合でした。

その不動産に対して認める効用、その不動産の相対的稀少性、その不動産に対する有効需要。

この三つが組み合わさって、不動産の経済価値が生じる、と基準は整理しています。そして、その三つを動かしているのが、自然的・社会的・経済的・行政的という四つの要因です。

🐿️レコル:「『効用・稀少性・有効需要』って、なんだか経済学の教科書みたいだよね。でも、ここに『不動産は他の財と違って動かせないし、増えないし、ひとつひとつ違う』という不動産特有の事情が重なってくる。そこから先の鑑定評価の話は、全部この入口の整理に紐づいているんだ。」

不動産の価格には、二面性がある

基準は、不動産の価格が「要因の影響を受ける」だけでなく、「逆に選択指標として要因に影響を与える」という二面性を持つことにも触れています。価格は受け身に決まるものではなく、価格が動くことで、人々の意思決定が動き、結果として要因にも影響していくという見方です。

また、不動産の価格は、ひとつではなく、いくつもの権利の上に成り立つ可能性があるとも書かれています。同じ土地に、所有権、借地権、底地、区分地上権など、複数の権利が併存することがあり、それぞれに価格が形成され得る、という整理です。

不動産鑑定士という仕事

総論第1章の終わりの方には、不動産鑑定士の責務が並んでいます。土地基本法に定める基本理念に即して鑑定評価を行うこと、投機的取引の対象として土地を扱わないこと、不断の勉強と研鑽、依頼者へのわかりやすい説明、公平妥当な態度、専門職業家としての注意、能力の限度を超えた依頼を引き受けないこと、利害関係のある依頼を原則として引き受けないこと。

🐿️レコル:「ここは、技術的な話というよりは、職業倫理に近いところだね。基準が一番最初に置いているのは、計算式でも手法でもなくて、『鑑定評価という仕事をする人は、どういう構えでいるのか』というところなんだ。基準の中で繰り返し『専門家の判断であり、意見である』と表現されているのも、たぶんここと関係している気がするよ。」

第2章 不動産を、種別と類型で見る

総論第2章は、「不動産の種別及び類型」というテーマです。鑑定評価に入る前に、まず不動産を二つの軸で分類する、という整理です。

種別は、不動産の用途による分類。

類型は、有形的利用と権利関係の態様による分類。

たとえば、地域の種別は、宅地地域、農地地域、林地地域などに分かれます。宅地地域はさらに、住宅地域、商業地域、工業地域などに細分されます。土地の種別は、地域の種別に応じて、宅地、農地、林地、見込地、移行地などに分けられます。

宅地の類型は、更地、建付地、借地権、底地、区分地上権など。建物及びその敷地の類型は、自用の建物及びその敷地、貸家及びその敷地、借地権付建物、区分所有建物及びその敷地などに分けられます。

🐿️レコル:「『種別』は用途で分ける軸、『類型』は権利関係や形のあり方で分ける軸。同じ住宅地の土地でも、更地なのか、借地権付なのか、底地なのかで、求める価格はまったく違ってくる。基準は、いきなり方式の話に入る前に、『まずこの二軸で対象を整理しよう』と読者を案内しているんだ。」

留意事項は、住宅地域や商業地域を、さらに細かく分類して例示しています。たとえば商業地域は、高度商業地域(一般高度・業務高度・複合高度)、準高度商業地域、普通商業地域、近隣商業地域、郊外路線商業地域、というように細分される、という整理です。実務では、近隣地域がどの種別にあたるかを判定するときの目安として使われる場面が多いようです。

第3章 価格を形成する要因 ―― 三つのレイヤー

総論第3章では、不動産の価格を形成する要因が、三つのレイヤーに分けて整理されます。

一般的要因、地域要因、個別的要因の三つです。

一般的要因は、自然的・社会的・経済的・行政的に大別され、社会全体の不動産価格の水準に影響を与える要因です。地価公示価格や全国の不動産市場の温度感を動かしているのは、まずこのレイヤーです。

地域要因は、近隣地域や同一需給圏といった、ある地域の特性を形作る要因です。住宅地域なら、街路の幅員、駅との距離、商業施設の配置、上下水道の状況など。商業地域なら、商業施設の集積度、商業背後地の質と量、繁華性の盛衰など。

個別的要因は、その不動産そのものの個別性をつくる要因です。地勢、間口奥行、形状、接面街路との関係、隣接不動産の状態、土壌汚染や埋蔵文化財の有無、公法上私法上の規制など。

🐿️レコル:「大きな空気(一般的要因)と、その地域の空気(地域要因)と、その不動産そのものの個性(個別的要因)。この三層構造で価格は形成されている、というのが基準の見立てだよ。鑑定評価のいろんな手順は、結局この三つのレイヤーを、それぞれ別の段階で読み解いていく作業なんだ。」

留意事項は、特に個別的要因のうち、埋蔵文化財や土壌汚染、建物のアスベスト・PCB、耐震性などについて、確認すべき具体的な事項を細かく示しています。基準が抽象的に「公法上私法上の規制」と書いた部分を、留意事項が「文化財保護法に基づく手続のここを見る」「土壌汚染対策法のこの区域指定の有無を確認する」と具体に降ろしている、という関係です。

第4章 価格の諸原則 ―― 評価の足場

総論第4章は、「不動産の価格に関する諸原則」として、11の原則を並べています。

需要と供給の原則、変動の原則、代替の原則、最有効使用の原則、均衡の原則、収益逓増及び逓減の原則、収益配分の原則、寄与の原則、適合の原則、競争の原則、予測の原則。

🐿️レコル:「ぱっと見るとたくさんあって戸惑うけれど、これは経済学の一般法則を、不動産という財に当てはめて言い直したものなんだ。それぞれを単独で覚えるよりも、『これらが組み合わさって、価格が説明される』という見方で読むほうが、流れがつかみやすいかもしれないよ。」

11の原則は孤立しているわけではなく、相互に関連しています。基準自身も「これらの原則は、孤立しているものではなく、直接的又は間接的に相互に関連しているものであることに留意しなければならない」と注意を促しています。

このなかで、後の章で繰り返し参照されるのが「最有効使用の原則」です。

不動産の価格は、その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用、すなわち最有効使用を前提として把握される価格を標準として形成される。基準はそう書いています。良識と通常の使用能力を持つ人による、合理的かつ合法的な最高最善の使用方法。これが最有効使用の定義です。

ここで大事なのは、現実の使用方法と最有効使用が、必ずしも一致しないという点です。古い建物が建っていて、敷地を十分に活かしていない状態の不動産もある。そうした場合、基準は「現実の使用方法が最有効使用と異なることがあることに留意すべき」と書いています。

🐿️レコル:「最有効使用は、後の章でくり返し出てくるキーワードだよ。地域分析でも、個別分析でも、収益還元法でも、ここに立ち返ってくる。『この不動産にとって、いちばん力を発揮できる使い方は何だろう』を考え続けるのが、鑑定評価という仕事の通奏低音なんだ。」

第5章 何を、いつ、どんな価格として求めるのか

鑑定評価の基本的事項

総論第5章は、鑑定評価の基本的事項として、三つを確定することを求めています。

対象不動産、価格時点、価格又は賃料の種類。

この三つは、鑑定評価という仕事の入口に立つときに、依頼者と鑑定士の間で、どの不動産を、いつの時点で、どんな種類の価格として求めるのかを明確にする、ということです。

対象不動産の確定 ―― 条件設定という考え方

対象不動産を確定するために、鑑定評価には「条件設定」という考え方があります。三つの種類があります。

対象確定条件は、たとえば「建物が建っているけれど、更地として評価してほしい」(独立鑑定評価)、「一棟の中の一部分だけ評価してほしい」(部分鑑定評価)、「未竣工の建物の完成後を前提に評価してほしい」(未竣工建物等鑑定評価)といった、対象不動産の物的・権利的な前提を設定するものです。

地域要因又は個別的要因についての想定上の条件は、「この場所に新駅ができる前提で評価してほしい」「この区画の用途地域変更を前提に評価してほしい」といった、要因の一部を想定する条件です。

調査範囲等条件は、土壌汚染、地下埋設物、隣接地との境界などについて、「不動産鑑定士の通常の調査の範囲では確認が困難な要因」を、調査範囲から外して評価する条件です。

🐿️レコル:「条件設定は、鑑定評価が『どこまでをカバーしていて、どこをカバーしていないか』を、はっきりさせる仕組みなんだ。何でも鑑定士が引き受けるわけではなくて、『この前提のもとで、この範囲で評価しました』という線引きを明示することで、鑑定評価書を読む人が、その結果を正しく理解できるようになる。基準と留意事項は、条件設定にかなりのページを割いていて、ここを丁寧にやることを大切にしているように読めるよ。」

ただし、条件設定にも限界があります。証券化対象不動産の鑑定評価や、会社法上の現物出資の目的となる不動産の鑑定評価など、鑑定評価が利用者の利益に重大な影響を及ぼす可能性がある場合には、原則として現実の利用状況と異なる対象確定条件などを設定してはならない、とされています。利用者の利益を守るための、ガードレールのような規定です。

価格時点

価格時点は、鑑定評価額が妥当する基準日のことです。現在時点、過去時点、将来時点に分けられますが、留意事項は「将来時点の鑑定評価は原則として行うべきではない」とくぎを刺しています。価格時点を超えた先の予測は、不確実性が大きすぎる、という判断です。

価格の種類 ―― 正常・限定・特定・特殊

基準は、鑑定評価によって求める価格を、原則として正常価格としつつ、依頼目的に応じて限定価格、特定価格、特殊価格を求める場合があると整理しています。

正常価格は、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格。市場参加者が自由意思に基づいて参入退出でき、特別な動機がなく、対象不動産が相当の期間市場に公開されている、という条件のもとでの価格です。

限定価格は、隣接地の併合や底地と借地権の併合のように、市場が相対的に限定される場合の市場価値を適正に表示する価格。

特定価格は、法令等による社会的要請を背景とする鑑定評価目的の下で、正常価格の前提条件が満たされないために、正常価格と異なる価格となる場合の経済価値を適正に表示する価格。証券化対象不動産の投資採算価値、民事再生法に基づく早期売却価格、会社更生法・民事再生法に基づく事業継続を前提とした価格などが該当します。

特殊価格は、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした経済価値を適正に表示する価格。文化財の指定を受けた建造物や宗教建築物などが典型例です。

🐿️レコル:「『価格』とひとことで言っても、何種類かあるんだね。市場で普通に取引されるときの価格(正常価格)と、特殊な事情がある場合の価格(限定・特定・特殊)を、最初にきちんと分けておく。これも、鑑定評価書を読む人が『どんな前提の価格なのか』を取り違えないための、丁寧な仕分けだよ。」

賃料についても、正常賃料、限定賃料、継続賃料の三種類が示されています。新規賃貸借の場合の新規賃料と、既存の賃貸借が続いている場合の継続賃料は、別の枠組みで扱う、という整理です。

第6章 地域を読み、不動産を読む

総論第6章は、地域分析と個別分析です。価格形成要因の三層構造(一般的要因・地域要因・個別的要因)のうち、後ろの二つを実際にどう分析していくのかを、もう一段具体的に書いている章です。

地域分析

地域分析では、まず近隣地域と同一需給圏という、二つの地域概念を区別します。

近隣地域は、対象不動産の属する用途的地域。居住、商業活動、工業生産活動など、ある特定の用途に供されることを中心に、地域的にまとまりを示している地域です。

同一需給圏は、対象不動産と代替関係が成立して、価格形成について相互に影響を及ぼすような不動産の存する圏域。近隣地域を含んで、より広域的です。

近隣地域については、その地域の標準的使用を判定することが求められます。標準的使用は、その地域の不動産の典型的な使われ方であり、後で個別分析で対象不動産の最有効使用を判定するときの、有力な手がかりになります。

留意事項は、近隣地域の範囲を判定するときに、河川・山岳・道路・行政区域・公法上の規制などが、土地建物の連たん性や地域の一体性を分断する場合がある、と例示しています。地域は、地図上で線が引かれているわけではなく、いくつかの自然的・人文的な手がかりから、鑑定士が判定していくものです。

🐿️レコル:「同一需給圏の範囲は、不動産の種類によって全然違うんだ。住宅地なら通勤可能な範囲だけど、高度商業地は広域、大工場地はもっと広域で全国的になることもある。『どこと比べるか』を決めるのが、鑑定評価のすごく大事なステップだよ。」

対象不動産に係る市場の特性

平成26年(2014年)の改正で強調されたのが、「対象不動産に係る市場の特性」を把握するという視点です。

具体的には、同一需給圏における市場参加者の属性(業種、年齢、所得など)、どんな価格形成要因を重視して意思決定しているか、市場の需給動向。こうした観点で市場を読み、その読み方を、標準的使用の判定や、後の鑑定評価手法の適用にも反映させていく、という整理です。

🐿️レコル:「『価格は、価格形成要因によって決まる』だけでは足りなくて、『その要因を、市場参加者がどう評価しているか』まで踏み込んで読みましょう、ということだね。これは、不動産市場の国際化や、投資家の多様化など、平成26年改正の頃の時代背景が、基準のなかにそっと書き込まれているところでもあるよ。」

個別分析と最有効使用

個別分析は、対象不動産の個別的要因が、その不動産の利用形態と価格形成にどんな影響を与えているかを分析して、最有効使用を判定する作業です。

最有効使用の判定にあたっては、良識と通常の使用能力を持つ人が採用するであろう使用方法であること、使用収益が将来相当の期間にわたって持続し得る使用方法であること、効用を発揮し得る時点が予測し得ない将来でないこと、近隣地域の標準的使用との関係を明らかにすること、要因の変動が予測される場合はそれを織り込むこと、などが求められます。

建物及びその敷地の場合は、現実の建物の用途を継続する場合と、取壊し・用途変更を行う場合とを、要する費用や逸失利益まで含めて比較して判定することが求められています。

第7章 三つの方式 ―― 原価・比較・収益

総論第7章は、鑑定評価の方式です。ここに、原価方式・比較方式・収益方式という三方式が示され、それぞれに対応して、原価法・取引事例比較法・収益還元法という三つの基本的な手法が示されます。

🐿️レコル:「ここが、鑑定評価のいちばん有名なところだね。三つの方式は、それぞれ違う角度から不動産の価格を測る。基準が三方式を併用させようとしているのは、ひとつの角度だけでは、不動産の経済価値を捉えきれないからなんだ。」

原価法 ―― つくる側から測る

原価法は、価格時点における対象不動産の再調達原価を求め、減価修正を行って試算価格(積算価格)を求める手法です。

再調達原価は、対象不動産を価格時点において再調達することを想定した場合に必要とされる適正な原価の総額。建設費に、発注者が直接負担すべき通常の付帯費用を加えて求めます。建設資材や工法が変わっていて再調達原価を直接求めるのが難しい場合は、対象不動産と同等の有用性を持つものに置き換えて求めた「置換原価」を再調達原価とみなします。

減価修正は、減価の要因(物理的・機能的・経済的)を踏まえて、再調達原価から減価額を控除する作業です。耐用年数に基づく方法と観察減価法を併用する、と整理されています。

平成26年改正では、再調達原価の通常の付帯費用に、建物引渡しまでの資金調達費用や、標準的な開発リスク相当額が含まれる場合があることが、明示的に書き加えられました。

🐿️レコル:「原価法は、『この不動産をいま新しくつくり直したらいくらかかるか』を出発点にする手法だよ。土地そのものよりも、建物や建物付き土地で力を発揮する手法で、市場が成熟していない不動産でも適用しやすいという特徴があるよ。」

取引事例比較法 ―― 市場の取引から測る

取引事例比較法は、多数の取引事例を収集して、適切な事例を選び、事情補正・時点修正を行い、地域要因・個別的要因の比較を経て、試算価格(比準価格)を求める手法です。

取引事例は、原則として近隣地域または同一需給圏内の類似地域に存する不動産のうちから選びます。最有効使用が標準的使用と異なる場合などには、同一需給圏内の代替競争不動産から選ぶこともあります。

事情補正は、取引に売り急ぎ・買い進み・親族間取引などの特殊事情があった場合に、それを正常な状態に補正する作業。時点修正は、取引時点と価格時点の間の価格変動を反映させる作業です。

🐿️レコル:「比較方式は、実際に市場で行われた取引に基づくから、説得力が高い手法だよ。ただ、そのまま使えるわけじゃなくて、『この取引には特殊事情が混じっていないか』『価格時点までに価格水準が動いていないか』『地域や個別の条件はどう違うか』を、ひとつひとつ補正していく作業が必要なんだ。」

収益還元法 ―― 将来の収益から測る

収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めることで、試算価格(収益価格)を求める手法です。

賃貸用不動産や、賃貸以外の事業の用に供する不動産の場合に、特に有効とされます。基準は、自用の不動産でも賃貸を想定することによって適用できる、として、基本的にすべての不動産に適用すべきものとしています(文化財などの一般的に市場性を有しない不動産は除く)。

収益還元法の代表的な方法は二つあります。

直接還元法は、一期間の純収益を還元利回りで還元する方法。

DCF法(Discounted Cash Flow法)は、連続する複数の期間に発生する純収益と復帰価格を、それぞれの発生時期に応じて現在価値に割り引いて合計する方法です。

🐿️レコル:「収益還元法は、『この不動産は、これからいくら稼ぐか』を出発点にする手法だよ。直接還元法は一期間で見るシンプルな方法、DCF法は複数期間にわたって精緻に見る方法。基準は、市場で取引価格が先走りがちなときの『験証手段』として、収益価格を活用することも勧めているよ。」

留意事項は、還元利回りと割引率の求め方を、かなり丁寧に書いています。類似の不動産の取引事例との比較、借入金と自己資金の構成、土地と建物の構成、割引率と純収益変動率の関係、借入金償還余裕率の活用など、複数のアプローチが例示されています。

事業用不動産(ホテル、ゴルフ場、医療・福祉施設、商業施設など)については、その事業の経営動向が収益性に強く影響することから、収益性の分析を中長期的に行うことや、事業実績・計画を鑑定士の視点から検討することが求められています。

三方式の関係

基準は、複数の手法によって試算価格を求め、それらを比較して「試算価格の調整」を行い、最終的な鑑定評価額を決定する、という流れを示しています。

🐿️レコル:「三方式は、どれかひとつだけで価格を決めるのではなくて、それぞれが出した試算価格をテーブルに並べて、整合性を確かめながら最終判断をする、という使い方をするよ。基準が『鑑定評価は専門家の判断であり、意見である』と言うとき、この調整のプロセスが、まさに『判断』の中身なんだ。」

第8章 鑑定評価の手順と報告書

手順

総論第8章は、鑑定評価の手順を、十の節に分けて示しています。

基本的事項の確定、依頼者・提出先等及び利害関係等の確認、処理計画の策定、対象不動産の確認、資料の収集及び整理、資料の検討及び価格形成要因の分析、鑑定評価の手法の適用、試算価格又は試算賃料の調整、鑑定評価額の決定、鑑定評価報告書の作成。

これまでの章で語られてきた理論的な内容を、実際の業務として、どの順番で、どう進めていくかを示している章とも読めます。

🐿️レコル:「手順の章を読むと、鑑定評価という仕事の『プロジェクト管理』っぽい一面が見えてくるよ。依頼者からの問合せが入って、契約を結び、計画を立て、現地を見て、資料を集めて、手法を適用して、試算価格を調整して、報告書を書く。それぞれのステップに、留意事項がさらに具体的な指針を添えている、という構造だよ。」

留意事項は、依頼者・提出先等との関係、関与不動産鑑定士・関与不動産鑑定業者との利害関係、処理計画における実地調査の範囲や他の専門家の調査結果の活用、対象不動産の内覧の原則と例外(再評価で重要な変化がない場合の省略)など、実務上の判断材料を細かく書いています。

鑑定評価報告書

総論第9章は、鑑定評価報告書です。鑑定評価書として依頼者に提出される文書の、作成指針と記載事項を整理しています。

鑑定評価報告書の記載事項には、対象不動産、鑑定評価額、価格時点、評価の依頼目的、対象確定条件・想定上の条件・調査範囲等条件、鑑定評価の手法の適用過程、試算価格・試算賃料の調整内容、関与不動産鑑定士・関与不動産鑑定業者の利害関係などが含まれます。

🐿️レコル:「鑑定評価報告書は、鑑定士の判断のプロセスを、依頼者だけでなく、提出先や、場合によっては金融商品の購入者など、その先の人にも伝える文書だよ。だから、評価のプロセス全体が、後から読み直しても辿れるように記録されていることが、すごく大事なんだ。基準と留意事項が、ここまで細かく記載事項を決めているのは、その『説明責任』を担保するためなんじゃないかな。」

第9章 各論にふれる ―― 価格・賃料・証券化対象不動産

総論を流れとして読んだあとに、各論の三章を、概観として簡単に整理しておきます。

各論第1章 価格に関する鑑定評価

各論第1章は、土地(更地・建付地・借地権・底地・区分地上権など)、建物及びその敷地、建物のそれぞれについて、鑑定評価をどう適用していくかを、もう一段具体的に書いています。

更地については、更地としての取引事例比較法と、土地残余法による収益還元法を基本としつつ、開発法による試算価格を比較考量するという整理です。

借地権・底地については、借地権が単独で取引されにくいことや、定期借地権の特殊性、一時金(保証金・権利金・譲渡承諾料・前払地代)の取扱いなどに、留意事項が具体的な指針を示しています。

区分地上権については、地下や空間の一部に工作物を設置する権利という特性を踏まえて、設定事例による比準価格、区分地上権割合による方法、土地残余法に準じた収益価格、立体利用率による方法など、複数の手法が示されています。

特定価格を求める場合の手法も、各論第1章第4節で整理されています。

各論第2章 賃料に関する鑑定評価

各論第2章は、賃料の鑑定評価です。宅地(地代)と建物及びその敷地(家賃)のそれぞれについて、新規賃料を求める場合の手法(積算法・賃貸事例比較法・収益分析法)と、継続賃料を求める場合の手法(差額配分法・利回り法・スライド法・賃貸事例比較法)が示されています。

🐿️レコル:「賃料の鑑定評価は、新規賃料と継続賃料で、求める手法がきれいに分かれているのが特徴だよ。継続賃料は、すでに賃貸借契約があって、当事者がいるところでの賃料改定の話だから、新規賃料とは違う角度から見ていく必要があるんだ。」

各論第3章 証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価

各論第3章は、不動産の証券化に関連する鑑定評価の特則です。投資法人・投資信託・特定目的会社などが投資対象とする不動産、つまりJ-REITや不動産特定共同事業、金融商品取引法上の信託受益権などにかかる不動産が対象です。

ここで求められる価格は、原則として特定価格(投資採算価値を表す価格)であり、収益還元法のなかでもDCF法の適用が義務づけられているのが大きな特徴です。

平成19年改正で証券化対象不動産の鑑定評価に関する規定が明確化され、平成26年改正で証券化対象不動産の範囲が、J-REIT、不動産特定共同事業、金融商品取引法上の有価証券とみなされる権利に関する不動産取引などに広がりました。

🐿️レコル:「証券化対象不動産は、投資家保護の観点が強く出てくる領域だね。一般の鑑定評価以上に、説明責任が強く求められる。基準が各論で独立した章を設けて、未竣工建物等の特則、処理計画、個別的要因の調査、DCF法の適用などを細かく定めているのは、その背景があるよ。」

第10章 改正の流れ ―― 基準は何を映してきたか

ここまで、基準と留意事項の現在の姿を、流れとして読んできました。最後に、主な改正の経緯を、ごく簡単にたどります。

不動産鑑定評価基準は、昭和39年(1964年)に制定され、その後、何度かの改正を経てきました。現行の基準は、平成14年(2002年)の全部改正を基礎としています。

平成14年(2002年) 全部改正

不動産の証券化など、土地と建物が一体となった複合不動産の収益性を重視する取引が増えてきたことを背景とする大改正でした。市場性のある不動産について「正常価格」と「特定価格」を分けて整理し、収益還元法を基本的にすべての不動産に適用すべき手法として位置づけ、DCF法を明示するなど、平成2年(1990年)以来の大きな改定として記録されています。

平成19年(2007年) 一部改正

証券化対象不動産の鑑定評価に関する基準の明確化のため、各論第3章が新たに設けられました。

平成21年(2009年) 一部改正

CRE戦略(企業の不動産戦略)に関連するものなど、不動産鑑定評価基準によらない価格等調査のニーズの増加に対応した改正でした。同じタイミングで、価格等調査ガイドラインが策定されています。

平成22年(2010年) 留意事項の一部改正

地球温暖化対策や環境配慮など、社会の変化を反映した点が補正されました。

平成26年(2014年) 一部改正

不動産市場の国際化、ストック型社会の進展、証券化対象不動産の多様化などに対応した改正です。証券化対象不動産の範囲の明確化、対象不動産に係る市場の特性把握の明示、原価法における通常の付帯費用の考え方の整理など、現在の基準を特徴づけている部分の多くが、このタイミングで整えられました。施行は平成26年(2014年)11月1日です。

🐿️レコル:「基準の改正は、その時代に不動産市場で起きていた変化を映している鏡なんだ。証券化が広がった時期、リーマンショックの影響、ストック型社会への移行、市場の国際化。基準はその都度、自分たちの足場を整え直してきたよ。」

なお、平成26年(2014年)の改正以後、平成・令和を通じて、基準そのものの本体への改正は、本書編集時点で公表されているところでは確認されていないようです。一方で、国土交通省や日本不動産鑑定士協会連合会のもとでは、災害リスクの反映方法、ESG配慮、人口減少地域における鑑定評価のあり方、業務領域の拡大、海外投資不動産の鑑定評価ガイドラインなど、基準を補う調査検討や指針が継続して整理されています。基準そのものは大きく動かさずに、周辺の指針や留意事項で、変化に対応してきている、と読むこともできそうです。

あとがき

不動産鑑定評価基準と留意事項は、最初に通読しようとすると、専門用語と抽象度の高い文章に、すぐ迷子になります。けれども、それぞれの章が「価格に向かう道すじ」のどこに位置するかを意識しながら読み直してみると、案外、淡々と理屈が並んでいるだけ、ということに気づきます。

不動産という財には、地理的位置の固定性、不増性、個別性、用途の多様性、社会的経済的位置の可変性といった、他の財にない特性があります。だから、不動産の価格は、ひとつの計算式でぴたりと出るようなものではなく、効用・稀少性・有効需要という三つの力を、自然的・社会的・経済的・行政的な要因のもとで読み解きながら、最有効使用を判定し、複数の手法で試算し、調整して、最終的に「専門家の判断」として表現するもの。基準と留意事項は、その判断を、誰がやっても一定の水準と説明責任を保てるように、骨格と注釈の二段構えで支えている文書です。

レコル出版では、基準や留意事項を、「正解」として丸暗記するためのものではなく、「不動産の価格に向かう道すじを、職能集団がどう整理してきたか」を映す資料として読んできました。改正のたびに、その時代の不動産市場の変化や、社会から鑑定評価に向けられた期待が、基準のなかにそっと書き込まれていく。改正の経緯を眺めると、その文書のかたわらに、時代の足跡が並んでいるのが見えてきます。

この本も、レコルが夜に読み直したノートのひとつとして、棚に置かれます。実務で利用する際は、必ず原典本文と最新の改正情報をご確認ください。

🐿️レコル:「ここまで読んでくれてありがとう。基準は分厚いけれど、『どこに向かう本なのか』が見えてくると、ぐっと読みやすくなるよ。次に基準そのものをめくるときに、この本がうしろにそっと並んでいたら、うれしいな。」

参考にした原典

本書の整理にあたり、以下の一次資料を参照しました。実務で利用する際は、必ず最新の原典本文をご確認ください。

国土交通省 不動産鑑定評価基準等

・不動産鑑定評価基準(平成14年7月3日全部改正・平成19年4月2日・平成21年8月28日・平成26年5月1日一部改正)国土交通省 

・不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(平成14年7月3日全部改正・平成19年4月2日・平成21年8月28日・平成22年3月31日・平成26年5月1日一部改正)国土交通省 

・法令・不動産鑑定評価基準等(国土交通省 土地・不動産・建設業) 

・不動産鑑定評価基準等:過去に制定・改正したもの(国土交通省) 

・改正不動産鑑定評価基準等(平成26年5月1日一部改正)審議会・委員会等資料(国土交通省) 

関連法令

・不動産の鑑定評価に関する法律(昭和38年法律第152号) 

・不動産の鑑定評価に関する法律施行令(昭和39年政令第5号) 

・不動産の鑑定評価に関する法律施行規則(昭和39年建設省令第9号) 

関連ガイドライン

・価格等調査ガイドライン(国土交通省) 

・価格等調査ガイドライン運用上の留意事項(国土交通省) 

周辺資料

・業務領域の拡大等を通じた不動産鑑定士の担い手確保に向けて(令和7年3月、国土交通省) 

・不動産鑑定評価における災害リスク及び災害対策の反映方法についての検討調査(令和5年3月、国土交通省) 

・不動産鑑定評価におけるESG配慮に係る評価に関する検討業務(令和3年3月、国土交通省) 

・公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 法令・基準ガイドライン 

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レコル出版|読むシリーズ

不動産鑑定評価基準と留意事項を読む

編集日:2026年5月18日

レコル出版では、外の世界にある制度や資料を、夜の森の中で静かに読み直し、本の形にしています。制度や運用は更新・改正されるため、実務で利用する際は、必ず最新の原典本文をご確認ください。

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