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レコル出版|斜線制限を読む──空に引かれた見えない線

モーリー
Contents
  1. まえがき
  2. はじめに ── 一枚の絵でつかむ
  3. この本のあらすじ
  4. 三本の線 早見表
  5. 第一章 高さを抑える、という発想
  6. 第二章 道路斜線制限 ── 道路の側から引かれる線
  7. 第三章 隣地斜線制限 ── お隣の側から引かれる線
  8. 第四章 北側斜線制限 ── 北の側から引かれる線
  9. 第五章 天空率 ── 仕様から性能へ
  10. 第六章 最有効使用との関連
  11. あとがき
  12. この本の原典

まえがき

夜になると、街の輪郭はすこし静かになります。屋根や軒先のあいだに、見えないはずの線が浮かびあがってくるような気がする──そんなことを、街を歩きながら考えていました。

建物の高さは、その敷地の上に好きなように積み上げられているわけではなく、上空で「ここまで」と線が引かれています。道路の側から、隣地の側から、北の側から。三つの方向から、見えない線が建物を静かに抑えているのです。

この本では、建築基準法第五十六条に書かれている「斜線制限」という仕組みを、ゆっくりと読み直していきます。条文を覚えるためではなく、その線がなぜ引かれているのか、何を守ろうとして引かれているのかを、街の景色と一緒に眺めてみたいのです。

不動産鑑定評価において、斜線制限は「個別的要因」のひとつとして取り扱われ、最有効使用の判定にも静かに影響していきます。けれども、まずは制度そのものの呼吸を感じてから、評価の話へと向かっていくのがよさそうです。

🐿️レコル:「この本はね、上空に引かれた見えない三本の線について、ゆっくり読み直していくよ。道路の側、隣地の側、北の側──それぞれの線がどんな思いで引かれているのか、一緒にたどっていこうね。」

はじめに ── 一枚の絵でつかむ

斜線制限は、文章だけだと少し立体がつかみにくい仕組みです。そこで、最初にざっくりとした空間のイメージを持っておきましょう。

一棟の建物を、横から眺めていると想像してください。その建物の上空には、三方向から斜めの線が下りてきています。道路の側から、隣地の側から、そして北の側から。建物は、この三本の線すべての内側に、すっぽり収まっていなければなりません。どれか一本でもはみ出すと、その部分は建てられない、ということです。

ですから、屋根の形が階段状にへこんでいたり、上の階だけ後ろに下がっていたりするのは、多くの場合、この三本の線をかわすために生まれた形なのです。

この本での「線の読み方」── 五つの問い

① どこから引くか(起点)……道路の反対側? 隣地境界線? 北側境界線?

② どの高さから立ち上がるか(立上り)……地面から? 二十メートル上から? 五メートル上から?

③ どんな角度か(勾配)……一対一・二五? 一対一・五? 一対二・五?

④ どこまで届くか(適用距離)……奥の方までかかる? 途中で止まる?

⑤ 条件が変わると(緩和)……後退(セットバック)すると? 公園や水面に接すると?

以降の各章は、この五つの問いを手がかりに読み進めると、三本の線が頭のなかで整理しやすくなります。

この本のあらすじ

斜線制限は、ひとつの規定ではなく、いくつかの仕組みが集まってできています。読み進めるときに迷子にならないよう、最初に全体の地図をひろげておきます。

第一章 高さを抑える、という発想

そもそもなぜ高さが抑えられているのか、その始まりからみていきます。

第二章 道路斜線制限 ── 道路の側から引かれる線

前面道路の反対側から建物に向かって引かれる線。街路の採光・通風・開放感を守る仕組みを読みます。

第三章 隣地斜線制限 ── お隣の側から引かれる線

一定の高さから上について、隣地境界線の側から引かれる線。中高層建築物を建てる場面で関係してきます。

第四章 北側斜線制限 ── 北の側から引かれる線

南からの日差しが、北側の住宅に届くよう、北の側から引かれる線。生活に身近な制限です。

第五章 天空率 ── 仕様から性能へ

斜線で画一的に切り取るのではなく、空の見え方そのもので判断する、もう一つの考え方を読みます。

第六章 最有効使用との関連

斜線制限が、不動産鑑定評価のなかでどこに位置しているのか、最有効使用の判定との関係をたどります。

三本の線 早見表

細かい例外は本文で補いますが、まず大枠をこの表で押さえておくと、各章が読みやすくなります。

項目道路斜線隣地斜線北側斜線
起点(どこから)前面道路の反対側の境界線隣地境界線北側の境界線(真北方向)
立上り(高さ)地面(道路面)から20m または 31m から上5m(低層・田園)/10m(中高層)から上
勾配1.25(住居系の多く)/1.5(商業・工業系 ほか)1.25(中高層・住居系)/2.5(商業・工業系 ほか)1.25(共通)
主な対象地域ほぼ全用途地域低層住専・田園住居を除く各地域低層住専・田園住居・中高層住専のみ
主な緩和セットバック/2以上の道路/公園・水面(反対側までみなす)セットバック/公園・水面(幅の1/2外側)セットバック/水面など(幅の1/2外側)

※ 数値や対象地域には、特定行政庁の指定区域・高度地区・地区計画などによる例外があります。実務では、別表第三・施行令と、その地域の指定を必ず確認します。

第一章 高さを抑える、という発想

1.はじまりは「絶対高さ」だった

ここでいう「絶対高さ」とは、道路幅員や後退距離、隣地との関係などによって変わるものではなく、「十メートルまで」「十二メートルまで」のように、地域ごとに高さの上限を直接定める仕組みです。

斜線制限が、道路や隣地との距離に応じて高さの上限を変えていくのに対し、絶対高さ制限は、個別の条件にかかわらず、まず建物の高さそのものに上限を置く考え方だといえます。

建築基準法が制定されたのは、昭和二十五年(一九五〇年)のことです。戦災から街を立て直していく時期に、建築物の最低限のルールを定めるために生まれた法律でした。

制定当初、建物の高さは「絶対高さ制限」と「建ぺい率」を中心に整えられていたと整理されています。約三十一メートル(百尺)という上限があり、それを超える建物は、基本的には想定されていませんでした。

ところが、経済が成長し、地価が上がり、より高い建物を建てたいという要請が強くなっていきます。三十一メートルという上限のままでは、街の発展に合わなくなってきたのです。

2.「容積率」と「斜線」が登場する

昭和三十八年(一九六三年)には、容積地区制度が導入され、建築物の規模を容積率でコントロールするという考え方が、制度として整えられはじめます。

昭和四十五年(一九七〇年)の改正では、この容積率制限が用途地域の全般へと広げられ、三十一メートルという絶対高さの原則的な上限が外されました。これに合わせて、道路斜線・隣地斜線・北側斜線といった、隣や道路との関係で高さを整える仕組みが、現在に近い形へ整備されていきます。

さらに昭和五十一年(一九七六年)の改正で、日影規制が加わり、住宅地の生活環境を守る仕組みが段階的に充実していきました。そして平成十五年(二〇〇三年)には、斜線制限を「天空率」によって代替できる仕組みも導入されています。

ボリュームの上限を「容積率」で抑え、形は「斜線」で抑える。高さを一律の上限で抑えるのではなく、隣地との関係や道路との関係で整えていく──そんな発想への切り替わりだったと読めます。

ただし、絶対高さの考え方が完全になくなったわけではありません。現在も、第一種・第二種低層住居専用地域と田園住居地域には、十メートルまたは十二メートルという絶対高さの制限が残っています。

3.なぜ「斜め」に引かれているのか

高さを抑える方法は、いくつも考えられます。一律に「ここまで」と水平に上限を引くこともできますし、容積で抑えることもできます。

それでも、斜線という形が選ばれているのは、街路や隣地から見たときの「空の見え方」を整えるためだ、と読むことができます。建物の真上ではなく、斜め上に向かって、どれだけ空がひろがっているか。その視線の延長線上に、見えない線が引かれているのです。

🐿️レコル:「絶対高さで抑えてしまうと、敷地によっては、もっと使えるはずなのに使えない、ということが起きやすいんだ。斜線にすることで、道路や隣との距離をとった建物ほど、高く建てられるようになる。距離と高さを交換していくような仕組みなんだね。」

4.条文のありか

斜線制限の条文は、建築基準法第五十六条「建築物の各部分の高さ」に置かれています。第一項第一号が道路斜線制限、第二号が隣地斜線制限、第三号が北側斜線制限です。具体的な勾配や適用距離は、別表第三や建築基準法施行令で定められています。

一つの条文のなかに、三つの異なる方向から引かれる線が並んでいる。そのことも、この章を読みおえたあとに見直してみると、また違った景色に見えてくるかもしれません。

第二章 道路斜線制限 ── 道路の側から引かれる線

1.何を守ろうとしている線か

道路斜線制限は、敷地が接している道路の反対側の境界線から、建物に向かって斜め上方向に引かれる線です。建物は、この線の内側に収まっていなければなりません。

条文に書かれている言葉ではありませんが、この線が守ろうとしているのは、街路の採光と通風、そして開放感だと整理されています。道路の上に空がひろがっていることが、街にとっての大切な共有財だ、という考え方が前提にあるように読めます。

2.勾配 ── 住居系は1.25、商業・工業系は1.5が基本

道路斜線の勾配は、用途地域によって異なります。別表第三では、住居系の多くの地域で「一対一・二五」、近隣商業・商業・準工業・工業系では「一対一・五」が基本として整理されています。

住居系のほうが勾配がゆるやかなのは、住宅地の街路では、より広い空を確保しようという考え方が反映されているためだと読めます。商業地・工業地では、より高い建物を許容する勾配になっています。

ただし、前面道路の幅員が十二メートル以上の場合や、特定行政庁が指定する区域、用途地域の指定のない区域では、異なる扱いになることがあります。「住居系か、それ以外か」という二分法は入り口として便利ですが、数値を確定させるときは、別表第三とその地域の指定を必ず確認します。

数字で一度だけ ── 道路斜線を計算してみる

前面道路の幅員 6m、住居系(勾配 1.25)とします。

起点は「道路の反対側の境界線」。そこから自分側の道路境界線までは 6m。

→ 道路境界線の真上での高さの上限は 6 × 1.25 = 7.5m。

もし建物を道路から 2m 後退(セットバック)させると、起点も 2m 外側へ動いたとみなされ、

→ 後退した壁面(道路境界線から 2m 奥)での上限は (6 + 2 + 2) × 1.25 = 12.5m。

「距離をとるほど高く建てられる」という関係が、数字でも見えてきます。

※少し不思議に見えるかもしれませんが、建物を道路から後退させると、その後退距離は建物側だけでなく、道路の反対側にも反映されたものとして扱われます。そのため、2m後退すると「6m+2m+2m」で計算できるようになります。

🐿️レコル:「建物を後退させると、使える土地が減るようにも見えます。でも、その代わりに高さの自由度が生まれることがあります。後退緩和は、空間と利用のバランスを取ろうとする仕組みとも読めるのです。」

3.適用距離 ── どこまで届く線なのか

道路斜線は、道路の反対側からどこまでも届く線ではありません。用途地域等と、建築基準法第五十二条が定める容積率の限度との組み合わせに応じて、「適用距離」が定められています。

適用距離は、おおむね二十メートルから五十メートルまで、段階的に設定されています。商業系では五十メートルまで伸びる一方、用途地域の指定のない区域では三十メートルまでに整理されています。容積率の大きい地域ほど線が遠くまで届き、それだけ建物の形に影響を与える、ということになります。

敷地のうち、適用距離より奥の部分には、道路斜線制限はかかりません。「道路から見て、どこまでが街路の景観として整えられるべきか」という距離の感覚が、ここに表れているように読み取れます。

4.緩和の仕組み

道路斜線には、いくつかの緩和の仕組みがあります。代表的なものとしては、次のような整理ができます。

(1)セットバック緩和

建物を道路境界線から後退(セットバック)させた場合、後退した距離だけ、道路の反対側の境界線も同じ距離だけ外側に後退したとみなして斜線を引きます。建物が道路から離れるほど、斜線が緩む、という形です。

セットバック緩和 ── 後退で起点が外へ動く(前後の比較)

(2)二以上の道路に接する場合

複数の道路に接する敷地では、最も広い道路を基準に、ほかの道路についても一定の範囲で緩和される仕組みがあります。広い道路の存在を、敷地全体の採光・通風の確保に役立てる発想だと読み取れます。

(3)公園・水面などに接する場合

前面道路の反対側に公園、広場、水面などがある場合には、その公園・広場・水面などの「反対側」の境界線を、道路の反対側の境界線とみなして斜線を引きます。つまり、公園や水面の幅も、まるごと道路側の空として扱われ、その分だけ斜線がゆるみます。

公園や水面は建物が建たない広い空間です。そのため、道路の向こうに空間が続いているものとして考え、その幅も含めて道路斜線を検討します。

似た言葉に注意 ── 「反対側まで」か「幅の二分の一」か

  • 道路斜線:前面道路の反対側に公園・水面等がある場合、その公園等の反対側の境界線までみなします(全幅)。
  • 隣地斜線・北側斜線:敷地が水面等に接する場合、その水面等の幅の二分の一だけ外側にみなします。

「幅の二分の一」を道路斜線に当てはめるのは誤りです。道路斜線は「公園等の反対側の境界線まで」、隣地斜線・北側斜線は「幅の二分の一まで」と整理すると混乱しません。

斜線の種類によって、空間の扱い方が異なる点は興味深いところです。

🐿️レコル:「マンションの上のほうが段々になっているのも、道路斜線の内側に収まるように形を整えた結果なんだよ。」

第三章 隣地斜線制限 ── お隣の側から引かれる線

1.「ある高さから上」だけにかかる線

隣地斜線制限は、隣地境界線の側から、斜め上方向に引かれる線です。ただし、地面から斜線が始まるわけではなく、ある一定の高さから上の部分にだけ、この線がかかります。

立ち上がりの高さは地域によって異なり、多くの住居系の地域では「二十メートル」から、商業・工業系などでは「三十一メートル」から斜線が立ち上がります。それより低い部分には、この制限は直接かかりません。

なお、第一種・第二種低層住居専用地域と田園住居地域には、そもそも隣地斜線制限は適用されません(理由は本章3で述べます)。

2.勾配と立ち上がり

第一種・第二種中高層住居専用地域、第一種・第二種住居地域、準住居地域では「二十メートル+隣地境界線までの水平距離×一・二五」、商業・工業系などでは「三十一メートル+水平距離×二・五」が、建物の高さの上限となります。

ただし、前者の住居系の地域でも、特定行政庁が指定する区域では「三十一メートル+水平距離×二・五」が適用される場合があります。立ち上がりが低く勾配もゆるやかな地域ほど、中高層の建物どうしがお互いに圧迫感を与えすぎないよう、より穏やかな線が引かれていると読めます。

3.低層住居専用地域・田園住居地域には適用されない

第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、田園住居地域には、隣地斜線制限は適用されません。

理由はシンプルで、これらの地域には、もともと「絶対高さ制限」が別に定められているからです。十メートルまたは十二メートルという、地域ごとに決められた上限があり、二十メートルの立ち上がりに到達する前に建物が止められるため、隣地斜線の出番がない、という構造になっています。

🐿️レコル:「『斜線が適用されない=制限がない』というわけじゃないんだ。代わりに絶対高さでしっかり抑えられているから、斜線を持ち出すまでもない、ということだね。制度はこういうふうに、複数の仕組みを組み合わせながら街並みを整えているんだよ。」

4.緩和の考え方

隣地斜線にもセットバック緩和があります。建物を隣地境界線から後退させた場合、その後退距離だけ、隣地境界線も外側にあるとみなして斜線を引きます。隣地との距離をとることで、より高く建てられる、という関係です。

また、敷地が公園や広場、水面などに接している場合には、それらの幅の二分の一だけ境界線が外側にあるとみなす緩和もあります(道路斜線の「反対側までみなす」とは扱いが異なる点に注意してください)。

第四章 北側斜線制限 ── 北の側から引かれる線

1.北側の隣地に日照を残すための線

北側斜線制限は、建物の北側にある隣地の居住環境、とりわけ日照を守るために、建物の高さを抑える仕組みです。南からの日差しが、北側の敷地やそこに建つ住宅の南側に届きつづけるように、北側の境界線から一定の斜線を引いて高さを制限します。

住宅地の生活実感にもっとも近い斜線制限と整理してもよさそうです。「北側にお住まいの方の冬の日差しを守る」という、暮らしの中で感じる感覚が、そのまま制度になっているように読めます。

2.どの地域にかかるのか

北側斜線が適用されるのは、住宅地のなかでも、低層・中高層の居住環境の保護を重く見る、次の用途地域に限られます。

・第一種低層住居専用地域

・第二種低層住居専用地域

・田園住居地域

・第一種中高層住居専用地域

・第二種中高層住居専用地域

これらはいずれも、住まいの環境を中心に考える地域です(このうち田園住居地域は、名称こそ「住居専用」ではありませんが、同じように居住環境の保護が重視されます)。住居以外の用途が広く想定される地域では、北側の採光よりも、街の活気や用途の幅広さを優先する整理になっているのだと読めます。

3.立ち上がりと勾配

低層住居専用地域と田園住居地域では、「五メートル+真北方向の水平距離×一・二五」が上限となります。中高層住居専用地域では、「十メートル+真北方向の水平距離×一・二五」が上限です。

低層では五メートル、中高層では十メートルから線が立ち上がる、という違いだけで、勾配は同じ「一対一・二五」です。

🐿️レコル:「5メートルって聞くと高そうだけど、戸建住宅だと2階部分が見えてくるくらいの高さなんだ。だから北側斜線は、暮らしに近いところで働いている線なんだね。」

住宅地のなかでも、低層の地域では、より厳しく日差しを守ろうとしている、と読み取れます。

4.日影規制(ひかげきせい)との関係

第一種・第二種中高層住居専用地域では、日影規制(ひかげきせい)(建築基準法第五十六条の二)に基づき条例で対象区域が指定されている場合、北側斜線制限は適用されない扱いになります。

北側斜線は、建物の「形」から日照を守ろうとする仕組みです。一方、日影規制は、実際に生じる影の「時間」そのものを確かめる仕組みです。そのため、北側斜線よりも、実際の日照状況に即した規制だと見ることができます

ただし、低層住居専用地域や田園住居地域まで一律に外れるわけではありません。あくまで中高層住居専用地域についての扱いだという点に注意が必要です。

北側斜線は「形」で日差しを守り、日影規制は「時間」で日差しを守る。同じ目的に向かって、ふたつの違うやり方が、地域に応じて役割分担をしている、と読むこともできそうです。

🐿️レコル:「北側の家の日差しを守るために、南側の建物の形が少しずつ制約されているんだ。北側斜線って、そういう仕組みなんだね。」

第五章 天空率 ── 仕様から性能へ

1.斜線の代わりに、空の見え方そのもので測る

これまで読んできた斜線制限は、「形で抑える」仕組みでした。決まった勾配で線を引き、その内側に建物を収める。とてもわかりやすい代わりに、敷地によっては、空の広がりは十分確保できるのに、斜線だけで建物の形が制約されてしまうことがあります。

そこで導入されたのが、「天空率」という考え方です。建築基準法第五十六条第七項に規定されており、平成十五年(二〇〇三年)から施行されている、比較的新しい仕組みです。

2.天空率とは何か

天空率とは、ある測定点から空を見上げたときに、空の領域のうち、どれだけの割合が建物にさえぎられていないか、を表す数値です。魚眼レンズで真上を見上げた写真をイメージするとわかりやすいかもしれません。

魚眼レンズとは、空や周囲の景色を広い範囲まで一度に写せる特殊なレンズです。真上だけでなく、周囲の空まで含めて見上げた様子を、一枚の写真に収めることができます。

斜線制限を満たす建物(適合建築物)と、実際に建てたい建物(計画建築物)の天空率を比較し、計画建築物の天空率が適合建築物の天空率以上であれば、斜線制限の形そのものを満たしていなくてもよい、という整理です。

3.「形の規制」から「性能の規制」へ

斜線制限のような、「こういう形でなければならない」という規制を、仕様規定と呼びます。これに対して、「結果として、これくらいの性能が確保されていればよい」という規制を、性能規定と呼びます。

天空率は、性能規定の代表的な例です。形が違っていても、街路や隣地から見たときの空のひろがり方が同等であれば、目的は果たされている、という発想に立っています。

この発想の転換は、その後の建築法制全体に通じる流れとも整理できます。「ルールが守ろうとしているもの」を性能で実現できるなら、形は柔軟でよい、という考え方です。

4.天空率で代替できるもの・できないもの

天空率によって代替できるとされているのは、道路斜線・隣地斜線・北側斜線の三つです。一方で、高度地区の高さ制限や日影規制は、天空率では代替できません。なお、北側斜線については、真北側が道路に当たる場合など、算定の位置や運用について特定行政庁の取扱いを確認する必要があります。

ここで大切なのは、天空率は単に「斜線を無視できる」制度ではない、ということです。条文上は、斜線制限に適合する建築物と同じ程度以上に、採光・通風などが確保されることを、政令で定める測定位置と基準によって確認する、という仕組みになっています。形が違っていても、確かめるべき性能が確保されているなら認める──そういう考え方です。

つまり、第五十六条のなかの斜線については天空率で代替が可能でも、別の条文や地区計画で定められた制限は、依然としてその規定どおりに満たす必要がある、ということになります。

🐿️レコル:「同じ空の広がりが確保できるなら、建物の形はひとつじゃなくてもいい。天空率は、そんな発想なのかもしれないね。」

第六章 最有効使用との関連

1.不動産鑑定評価のなかでの位置

不動産鑑定評価基準では、価格形成要因が「一般的要因」「地域要因」「個別的要因」の三層で整理されています。斜線制限は、このうち個別的要因に例示されている「公法上及び私法上の規制、制約等」のひとつ──いわば公法上の規制・制約の一つ(行政的条件)──として読み取ることができます。

行政的条件には、用途地域、容積率、建ぺい率、防火・準防火地域などが並びますが、斜線制限もまた、「その敷地でどのような形・どのような大きさの建物が建てられるか」を決める静かな条件のひとつとして位置づけられています。

2.最有効使用の判定への影響

容積率と斜線制限は、役割が少し違います。

容積率は、建物全体のボリュームの上限を定める仕組みです。

一方、斜線制限は、そのボリュームをどのような形で配置するかを定める仕組みです。

敷地によっては、容積率より先に斜線制限が建物の形を決めることもあれば、容積率が先に上限となり、斜線制限が大きな問題にならないこともあります。

最有効使用を考える際には、容積率・建ぺい率・高さ制限・斜線制限などを重ね合わせ、その敷地で実際にどのような建築が可能なのかを整理していきます。

最有効使用とは、不動産鑑定評価基準の言葉でいえば、「現実の社会経済情勢の下で客観的にみて、良識と通常の使用能力を持つ人による合理的かつ合法的な最高最善の使用方法」とされています。「合法的」という言葉が、ここでとても重要です。

どれだけ収益性が高くても、法令に違反する使用は最有効使用にはなりません。容積率を超える建物、用途地域に違反する用途、そして──斜線制限を超える形状の建物は、最有効使用としては想定できない、ということになります。

したがって、最有効使用を判定するときには、その敷地でどこまでの形・どこまでの大きさの建物が建てられるのかを、斜線制限まで含めて読み解いていく必要があります。容積率いっぱいに建てられると一見見える土地でも、道路斜線や北側斜線によって、現実には容積率を消化しきれないことも珍しくないからです。

3.地域分析・個別分析の場面で

地域分析の場面では、その地域がどのような用途地域に属し、どのような斜線制限がかかっているかを確認することが、街の「想定された使われ方」を読み解く手がかりになります。低層住居専用地域に置かれた絶対高さ制限と隣地斜線の不適用、中高層住居専用地域の北側斜線の十メートル立ち上がり──いずれも、地域がどのような景観を志向しているかを示しています。

個別分析の場面では、対象不動産の敷地形状、前面道路の幅員、方位、隣地との関係を踏まえて、斜線制限がどのように働くかを実地調査や図面で読み解いていきます。「容積率の指定いっぱいまで使えるかどうか」という、いわゆる消化容積の検討も、ここでの重要なテーマです。

4.評価における留意点

斜線制限は、勾配や立ち上がりの数値だけで判断するものではなく、敷地の形、道路の幅、方位、隣地の状況、緩和の適用可否、そして天空率による代替の検討まで、いくつもの条件が組み合わさったうえで、最終的な「建てられる形」が決まっていきます。

また、自治体ごとに高度地区が指定されている場合や、地区計画によって独自の斜線制限が定められている場合もあります。法令の規定だけでなく、行政の運用や、その地域固有の上乗せルールも合わせて確かめておくと、より輪郭がはっきりしてきます。

「斜線制限まで読み解かれた価格」と、「容積率だけを見て出された価格」とのあいだには、静かに、けれども確かな差が生まれていきます。

🐿️レコル:「最有効使用を考えるときは、『建てられる形』までちゃんと読んであげるのが大切なんだ。容積率の数字だけ見ていると、空に引かれた線のことを見落としてしまう。鑑定評価って、線を読む仕事でもあるんだね。」

あとがき

斜線制限は、ひとことでは説明しきれない仕組みでした。三つの線がそれぞれ違う方向から引かれていて、ひとつの建物の輪郭は、その重なりのなかで静かに決まっていきます。

この本では、条文の細かな数値よりも、その線が何のために引かれているのか、何を守ろうとしているのか、ということを中心に読み直していきました。道路斜線は街路の空を守るために、隣地斜線は中高層建築物どうしの圧迫感を和らげるために、北側斜線は北側の住宅に日差しを届けるために。それぞれに、街のあり方への思いが込められているように感じます。

時代とともに、絶対高さから容積率と斜線へ、そして天空率へと、高さの整え方は少しずつ変わってきました。形を厳しく決める時代から、性能で判断する時代へ。それでも、街路の空や、お隣の日差しを大切にするという、もとの考え方は変わっていないように読めます。

用途地域や容積率は数字として見えやすい一方で、斜線制限は建物の上空に引かれた見えない線として働いています。

けれども、最有効使用の判定においては、こうした見えない線を見落とすことはできません。斜線制限は建物の形や規模に影響し、その土地で可能な利用のあり方を変えることがあります。そして、その違いは価格形成にも静かにつながっていきます。

夜の森のなかで、街に引かれた線を、もう一度ゆっくりとたどってみた一冊でした。

レコル出版 レコル

この本の原典

この本は、以下の原典をもとに整理しています。制度や運用は更新されるため、実務で利用する際は最新の原典をご確認ください。

建築基準法(第五十五条・第五十六条 建築物の各部分の高さ、第五十六条の二、別表第三)

https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000201

建築基準法施行令(第百三十二条・第百三十四条・第百三十五条の三・第百三十五条の四ほか 斜線制限関連規定)

https://laws.e-gov.go.jp/law/325CO0000000338

国土交通省 建築基準法(集団規定)資料(斜線制限・天空率の概要)

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001907399.pdf

国土交通省 建築基準法制度概要集(建築基準法関連資料)

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk_000043.html

不動産鑑定評価基準(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204083.pdf

不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(国土交通省)

https://www.mlit.go.jp/common/001204077.pdf

国土交通省 土地・不動産・建設業 不動産鑑定評価関連資料

https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk4_000024.html

公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会 公表資料

https://www.fudousan-kanteishi.or.jp

※ リンク先は、執筆時点で確認できたものを掲載しています。

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読むシリーズ|斜線制限を読む ── 空に引かれた見えない線

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