地下資料室|🕰️ 土地をめぐる制度の歴史── 社会の変化と、制度の歩みをたどる
社会がどうしてその制度を必要としたのか、時間の流れで見ていこう。鑑定評価の歩みも、社会の流れとともにあるよ。
土地をめぐる制度は、その時々の社会の変化に応答しながら形づくられてきました。
高度経済成長のなかで土地取引が活発になると、まず必要になったのは、不動産の価格を専門的に判断する人と、その判断のよりどころでした。やがて、社会に適正な価格の目安を示す制度が整えられ、土地取引を社会全体で見守る仕組みも生まれていきます。
バブルの時代には、土地は公共の福祉を優先するものとして位置づけられ、投機的な取引や土地神話への対応が進められました。バブル崩壊後は、不動産を市場で流通させ、収益から価格を考える場面も広がっていきます。
そして人口減少の時代に入ると、土地は「利用する」だけでなく、「管理の責任」が問われるようになりました。所有者不明土地、空き家、老朽マンションの問題を背景に、登記で現在の所有者を把握し、土地や建物を管理・再生していくための制度が整えられていきます。
このページでは、そうした制度の歩みを、時間の流れに沿って整理しています。
「なぜ、この制度が必要になったのか。」
「どのような経緯で、制度が改正されたのか。」
それぞれの制度について、社会背景、制度の変化、原典の順にたどりながら、必要な原典を手にとるための入口にしていきます。
各項目は「社会背景」「制度の変化」「📜 原典」の順でまとめています。

第1章 鑑定評価制度の幕開け(1960〜70年代)
価格制度のはじまり
高度経済成長で土地取引や公共事業が活発になるなか、まず求められたのは「価格をどう判断するか」という共通のよりどころでした。不動産鑑定士の制度が生まれ、鑑定評価基準が整えられたあと、都市部を中心とする地価上昇を背景に、社会に適正な価格の目安を示す地価公示制度が始まります。さらに、列島改造ブームによる地価急騰を受けて、土地取引を見守る国土利用計画法へとつながっていきます。
この章では、不動産の鑑定評価に関する法律、不動産鑑定評価基準、地価公示法、国土利用計画法をたどります。
1963(昭和38年) 不動産の鑑定評価に関する法律 制定
価格を判断する専門家が生まれる。
社会背景 高度経済成長と都市化により土地取引や公共事業が活発になり、不動産の価格を専門的・中立的に判断する制度が求められるようになった。価格をめぐる信頼の土台が社会の課題となっていた。
制度の変化 不動産鑑定士の資格と、不動産鑑定業について必要な事項を定める法律が制定された(昭和38年法律第152号)。価格を判断する専門家と、その制度の枠組みが生まれた。
📜 原典 不動産の鑑定評価に関する法律(昭和38年法律第152号)
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1964(昭和39年) 不動産鑑定評価基準 設定
鑑定の「よりどころ」を定める。
社会背景 不動産鑑定士という資格制度が生まれたあと、鑑定評価を行うときの共通のよりどころを整える必要があった。価格を専門的に判断する制度を実際に機能させるため、鑑定評価の基準が求められた。
制度の変化 不動産鑑定評価のよりどころとなる「不動産鑑定評価基準」が設定された。鑑定士が価格を判断するときの統一的な基準が整えられ、その後、平成14年に全部改正された。
📜 原典 不動産鑑定評価基準(昭和39年設定/平成14年全部改正)
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1960年代後半 都市部を中心に地価上昇が目立ち始める
高度経済成長、人口集中、住宅・工業用地需要の増加を背景に、都市部を中心として地価上昇が目立ち始めた。価格を判断する専門家の制度に続き、社会に価格の目安を示す仕組みが求められていく。
1969〜70(昭和44〜45年) 地価公示法 制定・地価公示の開始
社会に「適正な価格の目安」を示す。
社会背景 高度経済成長のもとで地価が上昇し、土地取引や公共用地取得の際に、よりどころとなる適正な価格を社会に示す必要が高まった。不動産鑑定評価制度で価格を判断する専門家と基準が整えられたあと、その判断を社会全体の価格指標として活用する仕組みが求められていった。
制度の変化 地価公示法が制定され(昭和44年法律第49号・同年施行)、翌昭和45年から、毎年1月1日時点の標準地の正常な価格を公示する仕組みが始まった。土地取引・公共用地取得・鑑定評価の規準となる、公的な価格指標が生まれた。
📜 原典 地価公示法(昭和44年法律第49号)/地価公示
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1974(昭和49年) 国土利用計画法 制定
地価の急騰に、「取引を見張る」仕組みで応える。
社会背景 列島改造ブームを背景に地価が全国で急騰し、投機的な土地取引が社会問題となった。価格の目安を示すだけでなく、土地取引そのものに社会が向き合う必要が生じた。
制度の変化 国土利用計画法が制定された(昭和49年法律第92号)。土地利用計画の体系とあわせて、規制区域・届出制など、土地取引を監視する仕組みが整えられた。翌昭和50年からは、この法律に基づく都道府県地価調査(基準地価・毎年7月1日時点)が始まり、地価公示と並ぶ公的な価格指標が加わった。のちのバブル期には、この法律の枠組みによる監視区域制度(昭和62年)が投機対策の前線となる。公的土地価格の体系は、地価公示とこの基準地価を柱に組み立てられていく。
📜 原典 国土利用計画法(昭和49年法律第92号)/都道府県地価調査(基準地価・昭和50年〜)
第2章 土地神話から証券化市場へ(1980〜2000年代)
土地神話と、その応答
バブルの時代には、「土地は持てば値上がりする」という土地神話が社会に広がりました。これに対して、土地基本法は土地の公共性を明確にし、地価税や公的土地評価の均衡化は、投機的な土地保有や公的価格のばらつきに向き合う制度として整えられていきます。
バブル崩壊後は、地価下落によって土地神話が崩れ、不動産を市場で流通させ、投資対象として見る制度が広がりました。不動産特定共同事業法、SPC法、J-REIT、そして平成14年の不動産鑑定評価基準全部改正は、その流れの中に位置づけられます。
1989(平成元年) 土地基本法 制定
土地は、公共の福祉を優先するものへ。
社会背景 地価高騰と土地投機。「土地は値上がりし続ける」という土地神話の時代への応答として生まれた。
制度の変化 「土地については公共の福祉を優先する」という基本理念が、土地政策の基本法として明示された。投機的取引の抑制や、公示地価を基準とした公的土地評価の均衡化を進める政策の土台となり、土地政策は「利用」を中心に据えながら、社会全体で土地を考える枠組みへと整えられていった。
📜 原典 土地基本法(平成元年法律第84号)
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1991〜92(平成3〜4年) 地価税の創設
土地神話に、税で向き合う。
社会背景 バブル期の地価高騰と土地投機が社会問題となり、その抑制が求められた。
制度の変化 地価税が国税として創設された(平成3年制定、平成4年から課税)。一定額以上の土地保有に対して課税することで、土地の保有コストを高め、投機的な土地保有を抑えることを目的とした。
※ 平成10年(1998年)以後の課税時期については、租税特別措置法(第71条)により、地価税法の規定にかかわらず「当分の間」地価税を課さないこととされている(地価税法自体は残る)。地価下落を受けた措置。
📜 原典 地価税法(平成3年法律第69号)
1992〜94(平成4〜6年) 公的土地評価の均衡化
公的土地価格の均衡を図る。
社会背景 地価公示、相続税評価、固定資産税評価などの公的土地価格は、それぞれ目的が異なるため評価水準にも差があった。土地基本法の理念を受け、公的土地価格のバランスを見直す必要が高まった。
制度の変化 相続税評価は平成4年分から地価公示価格のおおむね8割、固定資産税評価は平成6年度評価替えからおおむね7割を目安とする方向で見直され、公的土地価格の評価水準の均衡化が進められた。
📜 原典 地価公示法(昭和44年法律第49号)/相続税路線価(財産評価基準書・国税庁)/固定資産評価基準(自治省・現総務省)
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1990年代〜 地価下落・土地神話の崩壊(市場環境の転換点)
「持てば上がる」から、「どんな効用を生むか」へ。
社会背景 バブル崩壊。地価下落は三大都市圏で先行し、その後は地方圏を含めて長期化した。
制度の変化 「持てば安心(値上がりする)」という前提が崩れ、不動産がどのような効用を生み出すのかが、これまで以上に重視されるようになった。
〔 不動産も上場する時代へ。〕
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1994(平成6年) 不動産特定共同事業法 制定
「小口化して投資する」に、ルールを与える。
社会背景 バブル期に広がった不動産小口化商品は、バブル崩壊後、事業者の破綻によって投資家が損失を被る事態を招いた。複数の投資家が共同で不動産事業に出資する仕組みに、投資家保護のルールが必要になった。
制度の変化 不動産特定共同事業法が制定された(平成6年法律第77号)。事業者の許可制と業務規制により、不動産を小口化して投資する枠組みが法的に整えられた。「不動産を投資の対象として動かす」制度の先駆けであり、のちのSPC法・J-REITへと至る証券化の前史となる。
1998(平成10年) 資産の流動化に関する法律(SPC法)制定
不動産を、市場へ流通させる仕組みへ。
社会背景 バブル崩壊後の不良債権処理が課題となるなか、土地や不動産を流動化し、資金を呼び込む仕組みが求められた。
制度の変化 特定目的会社(SPC)等を用いた資産の流動化制度が確立された(平成10年法律第105号。制定当初の題名は「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」)。平成12年の改正で対象資産が広く財産権一般に拡大され、題名も「資産の流動化に関する法律」へと改められた。
📜 原典 資産の流動化に関する法律(平成10年法律第105号)
2000〜01(平成12〜13年) 不動産投資信託(J-REIT)の誕生
投資家の視点から価格を見る場面が広がる。
社会背景 不動産を「証券」にして、広く投資家から資金を集める市場づくりが進んだ。土地を保有する対象としてだけでなく、収益を生み出す投資対象として見る場面が広がった。
制度の変化 「証券投資信託及び証券投資法人に関する法律」が改正され、不動産を主な投資対象とする投資法人が可能となり、法律名も「投資信託及び投資法人に関する法律」に改められた。
平成13年(2001年)9月10日、最初のJ-REIT2銘柄が上場し、市場が動き出した。不動産を投資対象として捉える市場が広がり、収益性を重視する不動産の鑑定評価の重要性が高まった。
📜 原典 投資信託及び投資法人に関する法律(平成12年改正)/J-REIT初上場(2001年9月10日)
2002(平成14年) 不動産鑑定評価基準 全部改正
鑑定の基準を、証券化が進む時代に合わせて整える。
社会背景 不動産投資市場の広がりを受け、収益還元法の考え方などをより明確に整理する必要が高まった。
制度の変化 「不動産鑑定評価基準」が全部改正された(平成14年7月3日)。収益還元法(DCF法を含む)の位置づけが整理され、不動産投資市場の発展にも対応できる基準へと見直された。その後、平成19年改正では証券化対象不動産の鑑定評価に関する規定が整備され、平成21年・平成26年にも一部改正が行われた。
📜 原典 不動産鑑定評価基準(平成14年全部改正/平成19年・21年・26年一部改正)/不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(収益還元法の整理・のちの証券化対象不動産の鑑定評価の実務指針につながる)
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第3章 管理と再生の時代へ(2010年代〜)
「利用」から「管理」の時代へ
人口減少や相続未登記の増加により、土地は「どう利用するか」だけでなく、「誰が管理するのか」が問われるようになりました。空家等対策特別措置法は放置された建物に向き合い、所有者不明土地法は所有者が分からない土地の利用と管理を進める道を開きます。
その後、土地基本法の改正で「利用及び管理」という考え方が明確になり、民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属制度、区分所有法改正、住所等変更登記の義務化へと、所有者不明土地を生まない・管理する・再生するための制度がつながっていきます。
2010年代 所有者不明土地問題の顕在化
土地を「利用、管理する」ための制度が問われ始める。
社会背景 相続未登記の蓄積や人口減少を背景に、所有者の分からない土地が全国で問題となった。
制度の変化 所有者不明土地が公共事業や民間取引、適切な管理の妨げとなることが明らかになり、所有者不明土地法や民法・不動産登記法改正へとつながる一連の制度整備が始まった。
2014(平成26年) 空家等対策特別措置法 制定
放置された空き家に、社会が向き合い始める。
社会背景 人口減少や相続後に利用されない住宅の増加を背景に、空き家が全国で増え続け、防災・衛生・景観への影響が地域の課題となった。管理されない空き家が地域課題となり、社会全体で対応する必要が生じた。
制度の変化 空家等対策の推進に関する特別措置法が成立した(平成26年法律第127号・平成27年施行)。倒壊等のおそれのある「特定空家等」への助言・指導・勧告・命令の仕組みが整えられた。令和5年(2023年)の改正では、放置すれば特定空家となるおそれのある「管理不全空家等」の区分が加わり、より手前の段階で管理を促す仕組みへと強化された。
📜 原典 空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号/令和5年改正)
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2018(平成30年) 所有者不明土地法
所有者が不明でも、利用を止めない。
社会背景 所有者不明土地が公共事業や地域の土地利用の妨げとなり、土地を円滑に利用するための制度整備が求められた。
制度の変化 「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」が成立・公布された。利用円滑化の主要規定は2019年(令和元年)6月に施行され、所有者が不明でも、一定の手続きで土地の利用を進められる道が開かれた。管理の適正化は、令和4年(2022年)の改正で強化され、「利用の円滑化」に「管理」の視点が加わった。ここから「管理の時代」への橋が架かる。
📜 原典 所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年法律第49号)/所有者不明土地法について(法務省)
2020(令和2年) 土地基本法 改正
土地は、「利用」から「利用及び管理」の時代へ。
社会背景 人口減少と所有者不明土地の深刻化を受けた、約30年ぶりの理念の更新。
制度の変化 土地政策の基本理念が、「利用」から「利用及び管理」へ広がった。
所有者等の責務が明文化され、土地基本方針が定められた。「管理」という観点が、理念のレベルで土地政策に組み込まれた。
📜 原典 土地基本法(令和2年改正)
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2021(令和3年) 民法・不動産登記法 改正
登記で現在の所有者を把握できる仕組みへ。
・2021年4月 民法等の一部を改正する法律が成立・公布
・2023年4月 所有者不明土地管理制度・管理不全土地管理制度などが施行
・2024年4月 相続登記義務化が施行
・2026年4月 住所等変更登記義務化が施行
社会背景 所有者不明土地を生まない・解消するための、権利関係の明確化が課題となった。
制度の変化 所有者不明土地問題に対応するため、令和3年に民法・不動産登記法が一体的に改正され、その内容は令和5年から令和8年にかけて段階的に施行された。
不動産登記法では、相続登記が義務化され(令和6年〈2024年〉4月1日施行)、住所等変更登記の義務化(令和8年〈2026年〉4月1日施行)も盛り込まれた(→2026年の節)。これにより、登記で現在の所有者を把握しやすくする仕組みが整えられた。一方、民法では、所有者不明土地管理制度・管理不全土地管理制度が新設され(令和5年〈2023年〉4月施行)、所有者が分からない土地や適切に管理されていない土地についても、管理を進められる仕組みが設けられた。
・不動産登記法は「所有者不明土地を増やさない」ための仕組み。
・民法は「所有者不明土地や管理不全土地を管理・処分できるようにする」ための仕組み。
※ 義務化前に発生した相続も対象。2024年4月1日より前(施行前)に相続による取得を知っていた場合は、原則として2027年(令和9年)3月31日までに申請する必要がある。それ以後に知った場合は、知った日から3年以内となる。
📜 原典 不動産登記法(平成16年法律第123号・令和3年改正)/民法(明治29年法律第89号・令和3年改正)/所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(法務省)
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2023(令和5年) 相続土地国庫帰属法 施行
「手放せるか(その費用は)」という、新しい論点。
社会背景 相続した土地を利用する予定がなく、管理の負担を抱えるケースが増えた。所有者不明土地を生まないためには、相続土地の受け皿となる出口の制度も必要になった。
制度の変化 「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(いわゆる相続土地国庫帰属法)が施行された。
一定の要件を満たす相続土地について、法務大臣に国庫帰属の承認を申請できる制度が始まった。審査を経て承認され、所定の負担金を納付すると、土地が国庫に帰属する。「手放せるか(その費用は)」という観点が、土地を見るときの新しい論点に加わった。
📜 原典 相続土地国庫帰属法(令和3年法律第25号)/相続土地国庫帰属制度について(法務省)
2025(令和7年) 区分所有法 改正
老朽マンションを、「管理し、再生できる」仕組みへ。
社会背景 建物と居住者の「二つの老い」が進み、老朽化したマンションの管理や建替えの合意形成が難しくなった。所在の分からない区分所有者の存在が、決議を止める要因にもなっていた。
制度の変化 老朽化マンション等の管理・再生の円滑化を図る改正法が成立した(令和7年法律第47号・令和7年5月23日成立。区分所有法の改正部分は令和8年〈2026年〉4月1日施行)。集会決議の円滑化(出席者の多数決による決議など)、所在等不明区分所有者を決議の母数から除く仕組み、耐震性不足など一定の場合における建替え決議の要件緩和──と、管理と再生の手法が広げられた。土地だけでなく「建物の管理」も、管理の時代の主題に加わった。
📜 原典 建物の区分所有等に関する法律(昭和37年法律第69号・令和7年改正)/老朽化マンション等の管理・再生の円滑化のための改正法(法務省)
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2026(令和8年) 住所等変更登記の義務化・スマート変更登記の開始
登記で所有者の所在を把握できる仕組みへ。
社会背景 所有者不明土地のもう一つの主要な発生原因は、引っ越しや氏名変更のあとに登記が更新されない「住所等変更登記の未了」だった。相続登記の義務化に続く、令和3年民法・不動産登記法改正の最後のピースである。
制度の変化 2026年(令和8年)4月1日から、所有権の登記名義人の住所・氏名等に変更があったときは、変更から2年以内の変更登記の申請が義務化された(施行前の変更は令和10年〈2028年〉3月31日まで)。
あわせて、いわゆる「スマート変更登記」と呼ばれる仕組みも始まった。令和7年(2025年)4月21日以降、新たに所有権の登記を申請する人は、検索用情報の申出を行うこととなり、登記官が住所等の変更を確認し、本人の意思確認を経て職権で変更登記を行う仕組みが整備された。それ以前から登記名義人である人も、検索用情報を単独で申し出ることができる。
なお、これとは別の関連制度として、同年2月2日には、特定の人が名義人となっている全国の不動産を一覧的に証明する「所有不動産記録証明制度」も開始された。
相続登記の義務化に続き、「だれが所有者か」と「どこにいるのか」の両方を登記簿で把握しやすくする仕組みが整った。
📜 原典 不動産登記法(令和3年改正・令和8年4月1日施行部分)/所有不動産記録証明制度(令和8年2月2日開始)
レコル出版|登記を読む──土地と建物の記録は、どこに残されているのか
土地をめぐる制度は、価格を測るための制度から、市場を整える制度へ、そして土地や建物を管理し、次の時代へつなぐ制度へと広がっていったんだ。地下資料室の原典を、社会背景と時間の流れの中で読み直すと、それぞれの制度が、土地と価格をめぐる一つの物語の章として見えてくるね。

図:日本の人口推移と土地をめぐる制度の歩み(1960〜2025年) 出典:総務省統計局「国勢調査」(総人口)。2008年のピークは総務省「人口推計」による。